珍しい青空、雲ひとつないとはこのこと。洗濯を済ませ、シーツを剥がしてもう一度、洗濯機を回す。今日は気持ちよく乾きそうだ。6月の終わり、梅雨の最中(さなか)、明日からはまた雨だって。
どこか行こうか。「南の方が、雲が多いみたいだよ」と、夫。2回も洗濯機を回してのんびりしていたから時間は遅い。高い山は無理だね。いくつかの候補をあげていて黒姫山の中腹にある大ダルミ湿原に行ってみようということになった。登山道なので、行けるところまで行ってみるのも面白いかもしれない。ご飯を炊いている時間はなかったので、コンビニでおにぎりを調達して出かけることにした。
我が家から黒姫山大橋林道登山口へは二通りの道がある。戸隠を経由していく道と、信濃町を経由していく道。今日は信濃町を経由していくことにする。
走り出すと西の方に雲が広がってきた。雲は広がってきたけれど、青空もしっかり見えている。雨の心配はなさそうだ。
大橋林道入口の駐車場に到着したのは10時、山登りには遅い時間、駐車場には車が数台停まっている。事前学習をしていなかったので、歩いてみて少しがっかり。平らな林道がしばらく続く。ただ、道の傍らにはウツボグサ、タチアザミ、ハナニガナ、ヤマオダマキが咲き競っていて、その花に蝶が群がって飛ぶので、目を楽しませてくれる。
森には針葉樹の大木が多い。登山道まで約1時間、長かった。その間ずっと続いていたウツボグサやヤマオダマキの花は見事だったけれどね。
ヤマオダマキは登山道に入ってもしばらく群れ咲いていたけれど、だんだん白い花が見えて来た。淡い色の花と濃い色の花が森の中に散らばっていて、楽しませてもらった。
森にはツルアジサイが盛りと見えて、白い芸術作品のようになっている。あそこ、ここと見つけながら山道を登っていく。林道歩きの後の山道は楽しい気分が増すようだ。
コバノフユイチゴが白い花を足元に散らしている。黄色い小さなコナスビもポツポツ咲いている。エンレイソウやツバメオモトはもう実になっているが、ツクバネソウや、エゾノヨツバムグラはまだ花をつけている。
花を数えながらさらに1時間登ると、新道、古池との三叉路分岐に到着。木の根に腰掛けて青年がお昼を食べていた。早朝から歩いて黒姫山に登頂して来たそうだ。新道から大ダルミへぐるりと回って7時間歩きましたと言う。「どこまで行くのですか?」と聞いて、地図を出して教えてくれた。「道路に水が流れているので、注意してください」と言う。話好きな明るいお兄さん。
「ちょっとお腹が空いたなぁ」と言いながら、でも湿原まで行ってみようと夫。お兄さんと分かれて西登山道へ進む。しばらく行くと、大きな苔むした岩があった。上に『人面岩』と書いてある。あまり人の顔には見えないね。苔がたくさん張り付いているからかな。人面岩の下には大きなギンリョウソウが数株出ている。透けて見えるような白が輝いている。
道の傍には、夫の大好きなサンカヨウがたくさん実をつけているが、葉が巨大だ。かくれんぼができそうな株がいくつもある。わぁわぁ、キャーキャー喜びながら小さな沢を越えると、道の奥にマタタビの葉が見えた。
道々マタタビの木を見つけるたびに葉の奥をのぞいて花を探していたのだけれど、見つけられなかった。「また無いよね」などと思いながら近づくと、あった!小さな白い花がいくつもぶら下がっている。丸い蕾もたくさんある。「わぁー可愛い」「いやー嬉しい」などと騒ぎながら写真を撮る私の横で、「マタタビに狂うのは猫だけではありません」と、夫。
この時期山道を通ると、白く輝く葉が目立つようになるマタタビだが、その花を近くで見たことがなかったので、どこへ行ったら見られるだろうかと思っていた。こんなところで会えるなんてラッキー。
さらに進むと、道の湿り気が多くなってきた。ゴゼンタチバナの花は終わりそうだ。ミドリユキザサか、まだ花を残したものや緑の実になったものも、群落になっている。小さなタニギキョウやクワガタソウも道の端に続いている。「あっ」だの「おっ」だの言いながら歩いて行くと、森の木の幹に錆び付いた小さな看板が取り付けてある。『ここは大ダルミ』。水が溜まった細い道を降りると、突然目の前に白い風景が開ける。ワタスゲだ。遠くまで霞んでいるように続いている。ミズバショウはもう花が終わり、巨大な葉になっていて、その間に立つヒオウギアヤメの紫が点描のように湿原を縁取っている。まだ蕾が多いので、これからきれいになっていくようだ。奥にはレンゲツツジのオレンジが見えている。大ダルミ湿原には木道などの設備がないので、ここから眺めるだけ。私たちはしばらく言葉を忘れて眺めていた。
さらに進むと登山道の脇に水の流れがあり、ミズバショウの巨大な葉やサンショウウオの卵が見られたが、森は深くなり、湿原からは離れていくようだ。ついに西登山道との分岐に到着。今日はここまで。私たちは分岐の近くに腰を下ろし、お昼を食べることにした。
カンバの梢が空に広がっている。1時になろうというところ、いい時間だね。買って来たおにぎりを頬張っていると、群れ飛んでいた蝶の1頭が私の鞄に止まった。可愛いけむくじゃらな顔、長い口吻でカバンを突いている。ヤマキマダラヒカゲかな。おにぎりを食べ、おしゃべりをし、さて帰ろうかと見ると、蝶はまだ止まっている。ちょんちょんと鞄を動かすが、飛び立たない。美味しい匂いがするのかな。ようやく飛んで行った蝶にお別れを言い、私たちは来た道を戻った。
帰りは戸隠を回って帰る。お目当ては『五穀大福』、粟(あわ)稗(ひえ)黍(きび)荏胡麻(えごま)蕎麦(そば)を、もち米と一緒について、ずんだ豆の餡を包んだ小さい大福。
五穀大福を懐に、一路家に向かう。梅雨の晴れ間の良い時間だったね。