他県に住むけれど、善光寺で月に1回開催される『びんずる市』や、年1回の『須坂クラフト市』に出店する時に、我が家にやって来ていた友人も、今春は催しが全て中止となってしまったため、顔を見ることができない。コロナ禍の波はなかなか引かない様子だ。
友人は人混みへの外出はもちろん自粛しながら、時折自然の中へ出かけているという。夫と私も、買い物の回数を減らし、人混みを避けている。そして、人には会わなくてすみそうな里山に、直行直帰で出かけて気晴らしをしている。
「もう少し暖かくなったら、どこかの山でデートしようか」と提案したら、「いつ?明日は晴れるそうだよ、どう?」と返事。勢いに乗って、「人があまり来ないところで、気持ち良い山の空気を味わえそうなところは?」と、諏訪湖のほとりの大見山に行くことが決まった。
友人のキミちゃんは、このところ足を痛めているので、あまり険しい道や長い登山は難しいと聞いている。『蓼の海公園』まで車で登れば、見晴らしの良い山頂まで散歩コースとの案内に心が動いた。
現地までは我が家からの方が2倍ほど遠いだろうか。キミちゃんがおにぎりを作ってくれるというので、「やったー」と甘え、私たちはデザートのフルーツとお煎餅を持っていくことにした。
朝7時半、家を出る。外出自粛の効果か、道路の混雑はない。上信越自動車道から長野自動車道を通り、中央自動車道に入って諏訪湖インターで降りる。車は少なく、トラックが目立つ。今日は暦の上では平日だけれど、ゴールデンウィークの間となっているので、休業の会社も多いのだろう。予定通り走って、9時半に目的地『蓼の海公園』駐車場についた。広い駐車場に車は2台だけ停まっていた。その1台がタノちゃんとキミちゃんの車。
再会を祝して・・・なんて堅苦しくはなく、挨拶もそこそこに歩き始めることにする。目の前には緑濃い蓼の海の水面が青空を写している。静かな公園には釣り人が糸を垂らしてのんびりと座っている。虹鱒が釣れるという。蓼の海は人工湖だそうだが、周囲の森が深いせいか落ち着いた美しい池だ。
池の岸辺を回って登山口に着く。広く手入れされた歩きやすい道が緩やかに続いている。カラマツの落ち葉が積もってふかふかの道は足に優しい。戻り寒気が強く、寒い寒いと言っていたのが嘘のように今日は一気に気温が上がってきた。
花はほとんどないが、スミレとセンボンヤリが開いていて、その小さな姿にホッと息をつく。
30分も歩いたろうか、稜線を左に折れるとじきに前方が開けてきた。大見山南峰1362mの看板の向こうに立派な展望台が張り出している。シャープなラインの展望台はお洒落だけれど、自然の景観とはちょっと異質な感じがある。それでも明るい空に張り出したようなそこからは、下に諏訪湖が広がっていて気持ちが良い。
空は青く晴れているが、今日は春霞が濃く、遠くの山はうっすらと煙っている。急に暖かくなったせいだろうか。私たちはベンチに座って10時のおやつタイムとすることにした。タノちゃんが熱いコーヒーをいれてくれたので、まだお昼には早いけれど、キミちゃん特製のおにぎりをいただくことにする。風もなく爽やかな空気の中でおやつを食べながらのんびり過ごすひと時、ありがたい。
諏訪湖の向こうに霞む山影を見ながらタノちゃんが言う。「さて、次はどこへ行きましょうか」、思わずキミちゃんが「え〜っ、これから?」「だってまだ10時ですよ」。
思っていたより短時間の散歩で山頂を楽しめたので、確かにこの後の時間をどうしようかという楽しみが湧いてきた。とにかくもう一つの峰を訪ねてから決めましょうと、腰をあげ、北峰を目指す。
どこも綺麗に整えられた道を行くと、避難小屋のある北峰1355mに着いた。ガラスの窓がある避難小屋は小さいけれど、明るい森の中なので小鳥の観察もできそうだ。残念ながら見晴らしはないので、カラマツの落ち葉を踏んで駐車場へ戻ることにする。
山の木々に詳しいタノちゃんが、「カラマツは自分で枝を落とすから、危ないんですよ」と教えてくれる。周りの林の中を見ると、確かにかなり太い枝もたくさん落ちている。自然の中では野生の勘をちょっぴり研ぎ澄ませておく必要がある。
おしゃべりをしながら下っていくと、木々の間にブルーの光が乱射している。蓼の海の湖面が、まだ下の方なのに眩しく揺れている。先を行くタノちゃんがおふざけポーズ、「お猿さんが出た」。笑いながら湖岸に着くと、キンクロハジロが浮いている。オス、メスのペアーらしい。「あれ、バンかな」、遠くから見ると真っ黒い体に白い線が見えるからオオバンにも似ている。でも、バンにしては白い部分が大きく見えるから違うかな。望遠で写真を撮ってみたら、キンクロハジロだった。
車に戻って、地図を見ながら「どこへ行こうか・・・」。高ボッチ、鉢伏山、霧ヶ峰・・・いくつか候補がある中で、まだ観光客が来ないだろうと、霧ヶ峰の八島ヶ原湿原に行ってみることになった。
私たちは霧ヶ峰に行くのは久しぶり。スキーに行ったり、湿原巡り(※)に行ったりしたけれど、それは随分前のことになる。タノちゃんとキミちゃんは、最近も八島ヶ原湿原の散策を楽しんだらしい。 (※山歩き・花の旅 52 唐松岳)
では出発!車2台でゆっくり県道40号線を登っていく。私たちは山道を行く時はゆっくり走ろうと思っている。運転手が脇見をするのはNGだけれど、ゆっくり走りながら周囲の山の雰囲気を感じることはできる。ゆっくり登っていくと霧ヶ峰の中心部に着く。広い駐車場は閉鎖されてはおらず、ポツポツと車やバイクが停まっている。茶枯れた雄大な平原の風景に目を奪われ、駐車場に車をいれる。遠く車山の山頂が見える。ずっと昔、まだ子ども達が小学生中学生だった頃に歩いた小さなゲレンデや、泊まった山荘のあたりが懐かしく見えている。
ほんの少し、過ぎ去った日々を懐かしみ、再び車を走らせて八島ヶ原湿原へ向かう。タノちゃんお勧めのスポットがあるらしい。
八島ヶ原湿原の駐車場も閉鎖にはなっておらず、数台の車が止まっていた。自然が大きいので、人の姿はどこかへ吸い込まれてしまっている。タノちゃんのお勧めは、湿原の脇から登る鷲ヶ峰。駐車場から見上げると、手が届くような頂だ。と思うのはやはり甘かった。見えていたのはいくつものピークの一番手前のもの。
まだ湿原は茶色に枯れた冬景色。雪はもうないので、もう少し気温が上がる日が続けば、様々な草花が芽を吹くだろう。高層湿原のここ八島ヶ原湿原にはたくさんの花々が咲くはずだ。
私たちは湿原の周遊路を外れ、石がゴロゴロしている山道を足元に気をつけながら登っていく。上がるにつれ、展望が開けていく様子は素晴らしい。最初のピークの肩あたりの木の影で休むことにした。風が吹きつけてくるので、帽子を押さえながら歩いている。木の影は風が遮られるのでありがたい。
誰も来ない山道の一本の木の陰に座って、おやつを食べながら大きく息をする。人類が試されているようなコロナウィルスの感染の勢いだが、自然の懐は大きく、ちっぽけな人間を包んでくれているようだ。
さて、おしゃべりを楽しんだ後はもう少し先へ行ってみようか。でも、キミちゃんは足が痛そうだ。「この気持ち良いところで休んでいる?」「そうする。みんなは山頂へ行ってきて」。
キミちゃんを残して、私たちはガッツガッツと登っていく。ひと登りで、下から見えていた最初のピークに着いた。ところがやはり道は続いている。頂上稜線についたので、登り下りはあまりないが、ずっと向こうまでいくつかのピークを超えて続いている。
「山頂はどこかな」「あの一番左端に見えているところかな」などと話しながら、またガッツガッツと歩く。心のどこかに一人で待っているキミちゃんの顔が見えるのかもしれない。多分一人でも、素敵な見晴らしを楽しんでいると分かっているのだが・・・。
広い山陵は、昔はここも湿原だったのかもしれないと思わせられる草原だ。真ん中の広いピークから360度の展望を満喫して、タノちゃんは引き返すことにした。やはり、キミちゃんが心配なんだね。そして「あの山頂の標識を撮ってきてください」と、奥のピークに見えている山頂標識らしきものを指さす。そう言えば、私たちが友人を置いていくことに気兼ねがなくなるだろうというタノちゃんの思いやりだろう。
夫と私はさらにガッツガッツと歩いて、ついに鷲ヶ峰山頂についた。きてみれば、キミちゃんと歩いた斜面が一番大変なところで、稜線に上がってしまえば気持ち良い散歩道のような登山道だ。「朝一番に来て、ゆっくり休みながら登ればキミちゃんも登れるね」と話しながら来た道を戻った。
おやつを食べた木陰の辺りまで降りると、下の方に湿原の入り口が見えている。豆粒のようにタノちゃんとキミちゃんが見える。手を振ったけど、見えたかな?
二人と合流、花の頃また来たいねと話しながら『恋人の聖地』で記念写真。八島ヶ原湿原は上から見るとハートの形なんだって。稜線からは大きな三角のように見えていたけれどね。
名残惜しいけれど、「早く自由にお泊りもできますように」と祈りながら、北と南に分かれて帰途についた。