日曜日、花に会いに弟がやってきた。ハナネコノメは新潟の山ではあまり見られないそうだ。長野でも絶滅が心配されているけれど、まだ咲くところがある。
昨年春に写真を見せたら、来年は行ってみたいというので、案内するよ〜と約束した。ところが、今春は思いもしなかった、コロナ感染症のため外出自粛という状況になってしまった。どうしようか。避けなければいけないのは密閉空間で密集して密接にやり取りする3密とすれば、花を見に大きな山の空間に入るだけならいいだろうと、実施することにした。
約束の前日は大雨。午後になって止んできたけれど、ネコノメソウは湿ったところ、水の流れの縁が好きだから、足元が悪いかもしれないね。
だが私たちの思惑をよそに、当日は青空が広がった。2時間ほどのドライブをしてやってきた弟、コーヒー1杯だけ飲んで出発。
目的のハナネコノメにはちょっと遅れたかもしれない。純白の花びらは大きく開いてしまっている。そして、おしべの葯の色が黄色とオレンジのものがたくさん。赤がほとんど見られない。ハナネコノメと言えば真っ白い花びらと赤い葯、と思うのだが・・・。それでも、水の流れに浸るように緑濃いコケを褥に群れ咲いている姿に弟は喜んだ。周囲にはヤマネコノメ、ホクリクネコノメらしきもの、なかなか特定できないネコノメソウ属もたくさん咲いている。
十分花を堪能し、さて、まだ時間があるから山へ行こうか。長野の山はまだ冬の気配が濃く、花はあまりないけれど。
目的の虫倉山に向かって動き出したら、それまで晴れていた空がだんだん曇ってきた。それでも、山好きな私たちはまた晴れるかも知れないね〜などと言いながら雲の中に入っていった。雲の中とは大袈裟なようだが、下を見れば里の景色は鮮やかに見えている。ただ、向かいの山も中腹から上は雲に隠れて見えないのだ。私たちが高度を上げるほどにその雲の中に入っているということになる。
夫と私は、虫倉山に登るのは4回目になる。弟は初めて。せっかくだから北アルプスの展望が美しい山にしようと選んだのだけれど、今日はダメかなぁ。
まだまだ森は冬の気配が濃いけれど、気がつけば草々の芽が道の脇を彩り始めている。アズマイチゲの白い花びらは、日差しを待って俯いているが、探せばずいぶんたくさん見つけられる。スミレもなかなか名前を特定できないが、紫に白に、花を咲かせている。弟は小さな花が好きと言うだけあって、小さな花芽を見つけるのが早い。「これは何?」と指差すのを見ると、開いた葉の上に一輪だけ丸く持ち上げたような薄緑の塊。小さい、小さい花の蕾のようだ。「あ、これはレンプクソウ。もう少しで四方に花が開き、上に向かっても一つ咲くよ」。
以前一度だけ見たことがある一属一種の多年草なんだって、つまりレンプクソウ科レンプクソウ属はこの花だけ。たくさん群がって、今にも咲きそうな蕾をつけている。何度も来ているのに初めて気がつく。だから山は楽しい。 次第に濃くなるガスの中をぐんぐん登って四阿に到着。「ここからは北アルプスの北部の山が手に取るように見えるのだけれど」と、今日は話だけ。
汗をかいた夫がシャツを着替えるのを待ちながら、おやつタイム。弟がいつも山行きに持参するというお菓子を出してみせる。山のお供には、それぞれの工夫があるから見せ合うのも楽しい。もちろん口にも少し入れて。
夫の脱いだシャツを「乾かしておこう」と、四阿の柱に引っ掛けて先へ進む。「帰りに忘れないようにしないとね」「だんだん物忘れが増えてきたからね」などと、軽口をたたきながら狭くなった尾根をひと登り。北斜面には雪がたくさん残っている。
山頂はやはりガスの中。「わぁ〜すごい、アルプスが目の前」と笑いながら山頂を踏むと、先行の若者二人も苦笑い。「こっちには北アルプス」「こっちには戸隠」と、今日は見えない展望の説明をする。初めて登った時には傾いていた方向指示盤が建て直されている。そしてさるすべりコースも復活したそうで、二人の若者はそこを登ってきたと言う。弟はガスの濃い崖を見下ろして「わぁー足元が見えない」と喜んでいる。
私たちは、岩登りはやらなくなったけれど、弟は新潟の八海山や群馬の高岩山なども登っているという。鎖や梯子が取り付けてあるコースなら楽しんで登りそうだ。
一段とガスが濃くなった山頂を後に、四阿まで一気に降る。干しておいたシャツを取り込み、さて展望が開けるのを待とうか・・・とは言っても真っ白い霧の壁は厚い。今日は諦めて降ることにした。
「幻想的な霧の中の森もいいもんだ」などと言いながら駐車場まで降り、その先の公園まで足を伸ばす。星のきらめく公園と名前は立派だが、何もない空間。そこがいいのかもしれない。「晴れれば星がよく見えそうだね」と話しながら帰路についた。