99 ボイスメモ


小学部の瑠美さんは、好きな音楽を聴くために苦手な手の動きを一生懸命調整して、木の棒(スイッチ)を押すことができるようになりました。そうなるともっと何かをしたくなるのは教員の性でしょうか。ただ音楽ではなく、何か言葉を選んで押すことができないかと考えます。

私が教員生活を引退する頃には、当時私が考えたようなスイッチも、美しくカラフルになって市販されるようになりました。もちろん私も購入して、孫の誕生日に「ハッピーバースディー」の音楽を吹き込んでおいて、孫が自分でスイッチを押してみんなが歌うというような時間を作ったものです。そこで成功すると、教室で児童の前で挑戦、いつもやることは同じです。


さて、話を戻して、私のアイディアを実行するためにはまだ市販されているものでは補えず、またもや夫の協力を仰ぎました。ミニレコーダーとスイッチを組み合わせて、短い音声を吹き込んでおいたものをスイッチで再生する機械です。見かけはなかなかごっついものになってしまいました。鉄板に小さな穴をいくつも開け、中のレコーダーの音が聞こえやすくしたり、押すスイッチを赤くして目に入りやすいようにしたり、苦労して作りました。

できた時はとても嬉しかったのを覚えています。そして早速、遊びにきた孫の前に置きました。1歳を過ぎたばかりの孫は難なくスイッチを押し、「あ、ばぁのこえ」と、嬉しそうにしました。もう、目を丸くするような驚きはないみたいです。何かの仕組みがあってここから声が出てくるということが、具体的な理解はなくても了解できるということなのでしょう。


苦労して作ってもらったボイスメモでしたが、瑠美さんには難し過ぎました。まず、そこにどういう言葉を吹き込むのかという課題がありました。瑠美さんの前に置いておいて、彼女が私を呼ぶときに使えるのではないかと思った時は、呼びかけの言葉を吹き込んでみました。

また、好きな歌を一緒に歌おうと言いたいときには歌の出だしを吹き込んでみました。そのとき瑠美さんが一番好きそうだった歌を選んで。

でも、どれも限界がありました。人が発する言葉(思い)なんて、たった一つの言葉に凝縮できるものではありません。


瑠美さんは中学部を卒業する前にご家庭の事情で他県の施設に入所し、そこで高等部まで学習しました。一度だけ、訪問したことがあります。家族とも時々しか会えなくなって寂しいだろうと思い、少しの時間でも一緒に過ごせたらいいと単純に考えて行きました。瑠美さんは、まるで椅子から飛び出してくるくらいに輝く笑顔で迎えてくれました。施設の職員さんが「瑠美さんってこんなに笑う人だったんだ」と驚くほどだったのです。

でも、次第に瑠美さんは理解しました。私という顔見知りの登場は、「迎えにきたのではなく、ただ短い時間を過ごしにきただけだ」ということを。私が帰る頃には寂しそうな表情に戻ってしまいました。いいえ、寂しそうではなく、何もないよという表情です。「大丈夫、これが日常」という声が聞こえてくるような気がしました。寂しいのは私だったのでしょう。

それ以来瑠美さんとは会っていません。お母さんからは時折写真入りのお便りをいただくので、それを楽しみにしています。




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