94 『終わり』も、自分で決める


大失敗の教材を作ってしまった『アイウエオ表』は、たった3日だけの係わりでした。舞さんは大きな手術のためにしばらく入院することになっていて、ずいぶん長い期間、会えなくなってしまうのです。

文字を見ているように思えた舞さんの行動を何とか受け止めたいと、ずっと思っていました。50音表から文字を選ぶ方法はどうだろうと考えていたのですが、50の文字を並べるのは量が多すぎるかと思い、何か良い方法はないものかと迷っていました。

それまでにもいくつかの文字を使ってみたことはあります。給食を食べている時にポット(お茶)とお茶碗(食べ物)を舞さんの目の前に並べて「次はどっちにする?」と聞きました。舞さんは見比べて視線を止めて答えてくれました。そういう時は瞳をゆっくり動かして、目の前のものをしっかり見ている様子でした。

車イスで教室に入ったときには、『ふとん』『車イス』と書いた2枚の文字カードを並べて舞さんの見えるところに出しました。舞さんの視線が『ふとん』に止まったら教室のふとんに横になり、『車イス』に止まったらそのまま車椅子に乗って、次の学習活動に取り組むことにしてみました。

photo・一緒に木の葉を見る
一緒に木の葉を見る

しかし、文字を見ているのか(見て読んでいるのか)ということは、簡単にはわからないことでした。舞さんにとっては、視線を動かすことも、呼吸をすることさえも、とてもエネルギーを必要とする行動だったのですから。


よい方法を考えられないうちに日は過ぎていきました。一緒に過ごせる日がどんどん少なくなっていきます。

焦った私が取り急ぎやってみようと考えたのが『アイウエオ表』でした。2回舞さんに選んでもらって文字を決めるというやり方です。まず1回目は、50音表を舞さんの前において、半透明の黄色いスティックを当てながら、私が声を出して読みます。「ア・イ・ウ・エ・オ」次の行にスティックを進めて、「カ・キ・ク・・」そして舞さんがサインを出したところで、行が決まります。

今度は2回目、舞さんが選んだ行の5文字のカードを出して、読んでいくのです。「カ・キ・ク・ケ・コ」と、ゆっくり読んでいきます。でも、舞さんのサイン(目を閉じる)と、舞さんの前に置いた50音表を、私が同時に見ることができなくて、せっかく舞さんが表してくれたサインを見逃してしまうことがあるのです。

しかも、舞さんの身になってみると、50音表が大きいので、全体が見にくかったようです。舞さんは一生懸命私の読む声を聞いていたようでした。この時撮影していたビデオを後で見てみると、そんな状況がよくわかるのですが、その時はなんだか必死になっていて、自分のやっていることの中途半端さも、舞さんの苦労も気づかないまま夢中でやってしまいました。

そんな情けない私の係わりにもかかわらず、舞さんは私の言葉かけに一生懸命まぶたを閉じたり、足を動かしてスイッチを押したりして応えていました。


そして3日間。続けて同じことをやったら、さすがに舞さんも疲れ果ててしまったのでしょう。3日目には眠そうになってしまいました。そして、『お』『わ』と文字を選んだのです。「舞さんおしまいにしたいのね。疲れたんだね。じゃ、『おわり』の<り>を選んでよ」と言って、私が『ラ行』に黄色いスティックを置き、「ラ・リ・」と読んだら、『り』のところでパチリと目を閉じたのです。パチッと音が聞こえるような、しっかりとした閉じかたでした。

その翌日から舞さんは長い入院生活に入りました。




  • サブメニュー3のイメージ画像 次のページ 19-95「寄り添う」へ

  • サブメニュー3のイメージ画像 Gallery3特別支援教育へ戻る

  • サブメニューホームのイメージ画像 ホームへ戻る