93 『ま』ぬけの懺悔


長い「ようごがっこのせんせ」時代にはたくさんの失敗をしました。きっと自分で気がついていない失敗もしているでしょう。すぐ気がついて「ごめんなさい」を言ったこともあれば、しばらく経って、「あの時は・・・」と、やり直したこともあります。

そんな失敗の記憶の中の一つに、自分でも嘲っていいのか、呆れていいのかわからない、大失敗の記憶があります。


舞さんとは、彼女が中学部に入学した時担任になり、それから卒業までの3年間同じクラスで多くを過ごしました。でも舞さんは身体のことだけでなく、家庭の事情でも長い期間入院することがあり、係わりが切れてしまう月日がありました。

私が大失敗の教材を用意した時も、3日後には遠くの病院に入院する予定でした。事故で脳に酸素を送ることができなくなり、神経がうまくつながらなくなった場合の治療として、難しい手術ができる、日本では数少ない病院に治療を受けに行く予定だったのです。

私は少し焦っていたと思います。また、長く舞さんと会えなくなってしまう・・・、今何かしなければ、と。

初めて会ったときの舞さんは、反射でビクンと跳ねるように動く以外に体を動かすことはなく、開いた目も、一定の場所に瞳を向けたままのことが多い少女でした。しばらく時を過ごすうちに、舞さんは周りの人の声を聞いて瞳を動かすようになったり、足の爪先だけをそっと動かすことができるようになっていたので、つい「もっともっと」と思ってしまったのです。話しかけて同意の時は、まぶたをゆっくり閉じるという、目で『イエス』を言っているような場面も増えました。


photo・アイウエオ表

私はアイウエオ表を作って、舞さんが見やすい位置に斜めに立てかけるように起き、ア行を選択する時はそこに、棒をおき、次にア行の文字を、「あ、い・・」と唱えていきました。この文字と思ったら、まぶたを閉じるか、スイッチに触って教えてねと伝えて。舞さんは、眠そうな顔も見せず(つまらない時はちょっと眠そうになることがありました)、懸命に応えてくれたのです。

「か・た・ぬ・こ・う・え」・・・舞さんが選んだ文字です。疲れてしまって、ここまででした。やっぱり無理だったかなとも思いましたが、仲間と話していて、ふと気づいたことがありました。「かたぬ」は「かたの」、そして「こうえ」は「声」だったのではないかと。ちょうどその係わりの時、廊下の奥の方で、クラスメートのカタノさんが大きな声で泣いていたのです。保護者と一緒だったので心配はしていませんでしたが、カタノさんが泣くのは珍しかったので、私も授業をしながら気になっていました。もしかしたら、舞さんも気になっていたのかもしれません。


この時のアイウエオ表、実はマ行抜けだったのです!広げてア行カ行と進む頃に気がつきました。マ行までいったら、舞さんにどんなふうに謝ろうと思ううちに選ぶ文字が増えていき、その日は幕切れ。翌日は作り直して取り組みました。

どうにも情けない失敗ですが、舞さんはその日家に帰るなり爆睡だったそうです。翌朝いつものように車で登校してきた舞さんを車椅子に乗せてあげながら、お父さんが笑うのです。「先生、きのうはものすごく集中して勉強したみたいですね。家に帰るなり爆睡してましたよ」と。


「ごめんなさい」と言いながら、実は舞さんが、『どうしてこの表はマ抜けなんだろう・・・』と、悩みすぎて疲れたのではありませんようにと祈ったのでした。




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