90 手と手でお話


クミさんはお話が上手です。日本語がいっぱい話せるけれど、気持ちをうまく言葉にできなくて、そんな自分をもてあましているようなときもあります。

ある日、食事の途中に「あげる」と言って、サト君のお盆にキウイをのせたのですが、サト君はキウイが大嫌いなのです。

サト君の近くにいた男性担任に注意されて、クミさんは食堂から走り出てしまいました。まだ食事は半分以上残っています。食事時間が終わりそうになったので、私が様子を見に行くと、教室に戻り、自分の席に座っていました。

photo・給食は楽しいな
給食は楽しいな 本文とは直接関係ありません

「何が言いたかったの?」と聞きましたが、「もう、食べない」と言うので、「じゃ、かたづけに行こうか」と言うと、立ち上がり、食堂に向かいました。

食堂についたら、クラスメートのノブリンがクミさんのお膳をかたづけたところでした。 クミさんは、入り口を入ったところでボーゼンと立ち尽くしてしまいました。
「食べたかったな」と、ぽつり。
「そうか、残念だったね」と語りかけると、うなずきました。
「もう一時になるからね。クミさんが来ないと思ったんだよ。

「ここの掃除を手伝う?教室に戻る?」と聞くと、黙ったまま回れ右をして歩き出しました。そして廊下に出たところで、隣にいた私の手を握りましたが、黙っています。

後ろからやって来た小学部の先生が「小学部の◯◯君は手をつないでいるんだよ」と、誰に話しかけるでもなく、大きな声で言いました。クミさんは黙ったまま歩きます。後ろからやってきた高等部三年の男子に、小学部の先生は大きな声で話しかけます。「高等部の◎◎君、手をつなごうか?」「いやです」「そうだよね。高等部だもんね」。

◎◎君は、私達に追い付き、「どうしてクミさん手をつないでいるの?へんだよ」と言いました。

「今ね、手と手でお話してるんだよ。ね。」と、私はクミさんに話しかけました。クミさんは黙ったままうなずきました。

ここから先生のお話がピピピ・・と伝わっていくでしょ。そしてこっちからまたピピピ・・と伝わってくるんだよ」と、二人の腕を伝って指差しながら私は続けます。

photo・手をつないで
手をつないで 本文とは直接関係ありません

「だから、お話が終われば放すんだよね」と言う私に、始めてクミさんは「うん」と声を出し、うなずきました。

私達は廊下を歩き、階段を登ります。クミさんは階段を登りきったところで、私の手を放し、さっと離れて行きました。


その後、教室で私が連絡帳を書いていると、自分の席に座っていたクミさんがやって来て、私の前に立ち、大きな声で「わかったよ」と言うのです。

「えっ?」「わかったよ!」「何がわかったの?」「サト君にキウイをあげちゃいけなかったって」「そうか。嫌いなものをあげると言われたらいやだもんね」「うん」。

それだけ言うと、またさっと離れて友達の所へ行ってしまいました。そのとき、「でも給食、食べたかったな」と、つぶやく声が聞こえました。

「ノブリンに本当は食べたかったんだよって、静かに言ってみる?」「うん」。

クミさんは歯磨きをしているノブリンの所に行き、「あのさ・・・、本当は食べたかったんだ」と、話しかけました。そしてノブリンが、「そうですか」と言うのと同時に、にこっとして自分の席に戻っていきました。

その日の連絡帳には「お昼をあまり食べられなかったので、お腹が空いていると思います。おやつが嬉しいでしょう」と、書いてしまいました。




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