84 連絡帳から


最後の仕事の年に、子どもたちからもらった写真入りの色紙が部屋に飾ってあります。画用紙に写真や切り絵、文字を貼り付けた、子どもたちお手製の色紙です。2枚の画用紙の間に1枚のコピーが挟んであります。ある生徒が卒業するときに、お母さんが書いてくれた連絡帳のコピーです。

養護学校に通う子どもたちの多くは連絡ノートをカバンに入れて通います。小学部から高等部までの違いはありますが、多くの子どもは日本語を話せない、あるいはうまく表現できないので、家庭から、学校から、それぞれ必要な情報を連絡ノートで伝えあいます。もちろん、必要な連絡事項を自分で伝えられる生徒もいます。そういう生徒はあまり連絡ノートを使うことはないのですが、保護者からのちょっとした感想などが書いてあることもあり、連絡ノートは持っています。この連絡用のノートを連絡帳と呼んでいました。

教員になって初めの頃は情報を忘れないためにとか、自分の学びのためにとか、保護者の了解を得て連絡帳をたくさんコピーさせてもらっていました。保護者によっては日記のように大切に綴じてあり、教員が同じように大切にするのを喜んでくれる人もいたほどです。


個人情報保護法が制定され、(もちろん個人情報を勝手に使ったり、悪用したりすることは決してしてはいけないことなのですが)、互いに大らかにわかり合うことすらいけないような風潮になってしまってから、連絡帳のコピーもよほどのことがないとしなくなりました。認め合える関係というのは、お互いが知り合うことを抜きにしては起こり得ないのではないかと思うのですが・・・。

横道はこのくらいにして、その連絡帳にお母さんが書いてくださった文章を読むと、ありありと浮かぶ情景があるのです。


毎年、夏休みが終わる頃から、高等部に入学を希望する中学生と担任、保護者が養護学校を見学に来ます。シュウ君は中学を卒業したら家業を手伝いながら生活していくという進路を自分で決め、保護者もそれでいいと同意しているとのことでした。

「でも、(中学の)担任の先生が、高等部へ進学したほうがいいとおっしゃるので、見学に来ました」と、お母さんは苦笑い、まぁお付き合いできましたという、人柄の良さが染み出すような笑顔でした。

小柄なお母さんと一緒に来たシュウ君は、相撲力士のように大きな男子でした。振る舞いも堂々としてゆったりとしていました。私はシュウ君を高等部の教室に案内しました。

今でもはっきり浮かんでくる情景は、授業中の教室に入った時のことです。私が入り口で挨拶して、「ちょっと失礼します」と大きくドアを開けると、シュウ君はずんずんと部屋の中央に入っていき、肩にかけていたカバンをドスンと下ろすと、ニコッと笑い「ヨオッ!」と片手を上げ、大きな声で挨拶したのです。ぞの堂々とした姿に、教室のみんなは目を見張っていました。

あまり広くないグランドにも出てみました。シュウ君と二人、田んぼの向こうの線路を眺めました。私たちはあまり言葉を交わさなかったと思いますが、シュウ君は表情が豊かだったので、彼の気持ちの向かうところに案内したり立ち止まったりして、その日の見学は終わりました。


「連絡帳にも書いてありましたが、帰るときにはシュウ君は「ここに来る(入学する)」と決めていました。




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