82 生徒の結婚


息子が結婚するときに、小学校の1年間だけ担任だった先生に披露宴に来ていただこうか、息子は迷っていました。長い学校生活で唯一いつまでも「先生」と呼びたい先生だそうです。相談された私は、その時の気持ちでどちらでもいいのではないかと応えました。

過去には濃い関係があったけれど、最近はずっと会っていなかったからと、招待状を出すのはやめたようでした。

後になって、その先生は息子にお祝いを持ってきて、こう言いました。

「どうして披露宴に呼んでくれなかったんだ。ちょうど100人目だったのに」。

詰問するというわけではなく、笑いながらでしたが・・・。

生徒一人一人の気持ちを大切にするその先生の指導は、たくさんの教師の先達として素晴らしいものだと思っていましたが、小学校で担任した生徒100人もの結婚式に招待されるほどとは思っていませんでしたから、びっくりでした。

その時、ふと一抹の寂しさがよぎったのも事実です。私は生徒の結婚式に出たことは一度もありません。私だけではなく、「養護学校の先生」は、生徒の結婚式に呼ばれることは少ないでしょう。生徒の葬儀に出会うことはたくさんあるのですが・・・。年月の長短ではなくどれだけ豊かに生きられたかを思えば、一人一人輝いていたと思えるのですが、やはりあまりにも短い命、つい先に逝った子どもたちの笑顔を思い出します。


私が初めて勤務した学校で、1年間ですが教科を担当した女生徒がいました。彼女は引っ込みじあんな性格でした。学力という物差しだけで見れば、当時知恵遅れと言われた子どもたちに分類されてしまうのでしょう。けれど、ていねいに言葉を紡ぎ、一生懸命周りのことも見ようとする彼女は、人々の温かい応援の中でごくあたりまえの女性として生きていくだろうと思わせられました。

私は彼女のクラス担任ではなく、国語や数学のグループを担当していました。友達が引っ越すときには、自分の気持ちを表現する文や絵を描いたりデザインをし合ったりして記念文集を作りました。また卒業生を送るときには、グループのみんなで協力しあって短い芝居を上演もしました。セリフを覚えたり、衣装を作ったり、数人のグループでしたが頑張りました。そんなとき、彼女は出しゃばらず、けれどやるべきことは一生懸命頑張っていました。

彼女たちの学年が卒業して数年経ったときに、彼女の担任だった教員から、彼女が結婚すると聞きました。彼女を知っている仲間はみんな祝福の気持ちで「わぁ〜よかったね」と言ったものです。担任だった教員は、彼女に会ってお祝いを言ってきたそうです。お相手の男性にも会ったそうです。

善光寺山門写真は本文とは直接関係ありません

でも、彼女たちは旧担任を披露宴には招待しないと伝え、了解してほしいと話したのだそうです。新郎もその両親も、彼女のことを認めているけれど、「養護学校卒業」という経歴を参列者に知られたくないのです。もちろん了解するとかしないとかいう話ではないですから、気持ちよくお祝いを言って別れたそうですが、やはり寂しそうでした。


我が家の近くの善光寺さんでは新郎新婦が撮影をしている姿を頻繁に見かけます。観光客に祝福されて笑顔で答える微笑ましい姿を見ることもあります。そんな時、ふっと彼女を思い出すことがあります。




  • サブメニュー3のイメージ画像 次のページ 17-83「応援してるよ」へ

  • サブメニュー3のイメージ画像 Gallery3特別支援教育へ戻る

  • サブメニューホームのイメージ画像 ホームへ戻る