80 難病


その入学式はちょっと空気が違いました。前日の打ち合わせでも、例年とは違う空気が流れていました。養護学校(現在は特別支援学校)の入学式は多くの場合、小学部、中学部、高等部と全学部一緒に行われます。その年、私は中学部のまとめ役(学部長と呼んでいました)だったので、入学生の名前を呼ぶという仕事がありました。でもその他にもう一つ、一人の入学生の車椅子を押して入場することになりました。


いつもと何が違うかと言うと、入学式を取材するためにテレビカメラが入るというのです。テレビ局の人と管理職などが打ち合わせをしたようです。養護学校の入学式を取材するという訳ではなく、この日中学部に入学する1生徒を撮影するのだそうです。保護者からも依頼があったそうで、私たち教員は言われたように動くだけでした。

ところが、その入学生の車椅子を私が押しましょうという教員がいませんでした。もちろん仕事ですから、嫌だという訳ではないのですが・・・。確かにテレビカメラがぴったりくっつくのが分かっている車椅子、いや本当はそこに座っている生徒ですが、寄り添うのはためらいます。しかも他の生徒を写さないようにしなくてはならないので、本当に密着して写すそうです。個人情報を守るための配慮です。


結局、新入生入場の時には学部長の私がその生徒の車椅子を押すことになりました。当日、大きなテレビカメラが車椅子生徒にくっつくかと思うくらい近くに構え、後ずさりしながら入場者と同じスピードで入場しました。式の間もずっと取材をしていたようですが、テレビに映ったのは、私がその生徒の名前を呼び、話せない生徒の代わりにクラスの先生がハイと返事をした瞬間だけでした。


彼女エリさんは、進行性の病気で、しかも現在の医学では治癒できないという難病でした。保護者は色々なところに働きかけたり、新しい医療を求めて勉強したりされていました。私たち教員にも様々な資料をくださったので、みんなで学習しました。

そのエリさんや家族の頑張りを見て感動した芸能人が色々なところでエリさんの紹介をしてくれたそうです。同じように難病で闘っている人の希望にもなればと。その流れが入学式のテレビ取材となったのでした。

そんな訳ですから、保護者はエリさんのことは実名で写真も入れて論文に載せていいと言ってくださいました(※ここでは仮名です)。

テレビ取材 写真は本文とは直接関係ありません

現代の医学では根治不可能といわれる難病の数はいったいどれくらいあるのでしょう。私が知るだけでもかなりの数に登ります。エリさんとは種類が違う代謝異常症という数人の生徒とともに過ごしたことがあります。その生徒たちはあれよ、あれよと言う間に様々な能力が後退してしまい、本人も自分の状態に驚いているかのように見えました。

エリさんも同じです。小学校では卒業式に先生と一緒に歩いて行って卒業証書を受け取ったそうです。でも、中学部入学の時には車いすから降りるのは難しい状態でした。


それから私はエリさんとたくさんの時間を過ごしました。一緒に大きな画面に絵を描いたり、疎水に足を付けて涼んだり、二人で立ち上がってシャボン玉を楽しんだり・・・。でも、エリさんの状態はどんどん後退して行きます。昨日できたことが今日はできないなんて、まだ中学生のエリさんにとってどんなにつらいことでしょう。テレビ番組で紹介されたのかも知れませんが、世界中のドクターにお願いしたいものです。どうか一日も早く有効な治療方法を見つけてください!




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