8 自分で決める行動


朝早いバスに乗って、もよりの駅まで20分ほど行き、JRに乗って約30分。駅からさらに歩いて30分ちょっとかかったでしょうか、毎日仕事ができる嬉しさで通っていました。


家の近くのバス停から乗って、最寄りの駅までの間にいくつかのバス停があり、ある日、珍しく親友の息子さんが乗ってきました。私は一番後ろの席に腰掛けていたので、彼とは目配せで挨拶しただけで、彼は前方の空いている席に座りました。

次の駅で、白杖を持った青年が乗ってきました。

青年はバスの入り口を入るとすぐの柱につかまり、スクッと立っています。

その姿勢の良さが気持ちよい青年です。


私は迷いました。青年が立っているすぐ前が優先席で、そこは空席です。このバス路線は坂道もあり、カーブもあります。そしておそらく、青年はまだ先まで乗って行くのでしょう。
一声かけてあげた方がよいのだろうか、それともきっぱり立っている方が心地よいのだろうか・・・。一番後ろからだと声もかけづらいというのを言い訳にしながら、迷っていました。

見えない人にきちんと情報を伝え、判断するのは本人に任せれば良いのです。理屈は分かっていました。けれど・・・。

どうしてこんなことで悩まなければならないのか、自分がみっともなくて嫌になってしまいそうでした。


彼が乗ってきた停留所の次は私が下りるところだったので、勇気を奮うことにしました。少し早めに立ち、青年の近くに行って、
「前の席が空いています」と、伝えました。

青年は、「ありがとうございます」と言って、さっと手で探り、素敵な身のこなしで座りました。

気持ちいい姿ってこのことだと思えました。


私はホッとして前に進み、次の停留所で降りました。友人の息子さんはまだ先まで乗って行きますから、隣を通りながら挨拶しました。そのとき、彼に恥ずかしくない行動をできて少し嬉しかったのが、正直な気持ちでした。

友人の息子さんは、とてもすがすがしい表情で、
「いってらっしゃい」と言いました。

その彼の表情を見たとき、ああ、この子もあの青年に声をかけなきゃと思い、なかなかできず、困っていたんだと分かりました。


良いこと、と思っていても自分の行動でそれをするのは実はとても難しいのです。誰もが心の中でそんな葛藤を繰り返しているのでしょう。


しかも私は『ようごがっこのせんせ』と子ども達に呼ばれる職業です。困っている人に寄り添うことが仕事です。

それでも悲しくなるくらい、自分を開いて他者に近づくことは難しいのでした。





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