72 覚えています


前述の孫のレッスンのあとで素敵なことがあったので、ついでと言っては何ですが、書いておきましょう。

ニーナ・アナニアシヴィリさんというとても素晴らしい、あこがれのダンサーに直接指導してもらった孫は、レッスン終了後、上気したピンク色の頬で駆けてきました。


その日は、私の尊敬する、ダンサーであり振付家の中村恩恵さんがレッスンを見学されていました。彼女が後ろの扉からそっと入ってこられたとき、私はドキドキしてしまいました。孫たちのレッスン終了後、何か用がある様子で近くに立っている中村さんにお願いして、孫と一緒に写真を撮っていただきました。

その時、中村さんが「まぁ、こんなに小さかったのね。レッスンの時はもっと大きく見えたのに」と感嘆の声をあげられました。

そう、真剣な姿は大きく見えるものです。


中村さんが気さくに話してくださったので、私は嬉しくなり、「初めて中村さんの踊りを見たのは、ずっと前、横須賀の文化会館での音楽とバレエの夕べです」と、話したのです。


それはもう驚くほど昔のことです。

まだ娘が小学校に入ったばかり、小学校高学年になった息子と二人をクラシックやバレエの公演に連れて行くのは大変です。けれど、地元で行われたその催しは、障害者チャリティーコンサートとも銘打っていて、子どもも気兼ねなく入場できるコンサートでした。私は二人の子どもを連れて出かけました。初めての、子どもと一緒のバレエ公演という気持ちでワクワクしていました。

当時の様子を、私はまだらに記憶していて、そこに中村さんが出演されていたというのは後にプログラムを見て分かったのです。中村さんは現在コンテンポラリーや振付で世界中を魅了されていますが、当時はクラシックバレエでした、プログラムの写真を見ると、当たり前ですがとてもお若い!


私が中村さんに「横須賀の文化会館での小さなコンサートで」と話すと、中村さんはニコニコして、すぐに
『ああ、レ・シルフィードや卒業記念舞踏会をやった時ですね』と、おっしゃったのです。

ビックリしました。27、8年前の小さな、小さなコンサートなのに、パッと演目まで言えるということがどれほどすごいことか・・・。

そのとき、私の目には中村さんの笑顔がさらに輝いて見えたことは確かです。

彼女がいかにバレエという世界に全精神を注ぎ込んでこられたか、分かるような気がしました。


でも、今もう一度考えてみると、頷けるような気がします。


私が係わり合った生徒たちのことを細かく話すと、保護者や、周りの教員は一様にビックリします。よく覚えているね〜と言われます。

そう、同じことなのですよね、きっと。私はバレエのことはまぁそこそこだけれど、生徒のこと、子どもたちとやりとりしてきたことは、大切に心の中にしまってあります。

中村さんにとってのバレエと同じなのでしょう。そう思うと、なぜか嬉しくなりました。


✔︎ 中村恩恵:振付家、ダンサー
ネザーランドダンスシアターなど海外で活躍後、現在は日本を拠点に振付家としても活躍。



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