65 ハプニング新聞


高等部(肢体不自由教育課程)に入学してきた魅力的な3人の男子生徒の担任になりました。

初めはやはりというか・・・なかなかぎこちない空気でした。どこでもこれは同じでしょう。それでも、もともと明るい性格の3人だったせいか、クラスの空気はわりとすぐに和気あいあいになってきました。

ところが、ある日スクールバスの添乗員さんから「◯◯君(タックン)は口がきけるんですか?」と質問されたのです。バスの中では一言も話したことが無いのだそうです。そう言われてみれば3人ともクラスの中では賑やかですが、一旦廊下に出るとほとんど話しません。他のクラスの教員に話しかけられても、だんまりのことも多いみたいです。


そんなある朝、タックンが教室に入るなり大きな声で「昨日ねー・・・・」と話し始めました。大失敗をしたことを面白おかしく話しています。大笑いのクラスになりました。その時、私はふと一つのことを思いつきました。

写真・ハプニング新聞1

「ねぇみんなの毎日の出来事から、何か話題になりそうなことを新聞にしてみようよ」。でも、みんなは字も絵も苦手意識が強いです。

「どんなの?先生描いてみて」という3人の言葉に、ついうなずいてしまいました。

大きい方がいいと思った私は、教室にあった四つ切りの画用紙にタックンの失敗した様子を描きました。そして、笑っている二人の生徒の絵と、男性担任のコメントをその周りに付け加えました。


急いで描いた稚拙な線描画でしたが、それが大受け。

「これいい!」と、喜んだ3人は、新聞の名前を考えました。そして決まったのが『ハプニング新聞』。


写真・ハプニング新聞2

それから折にふれ、3人が話すことを絵にしてハプニング新聞を描き続けました。最初のうちはタックンとリギの二人が面白おかしく話すことばかりでした。男性担任が必ず一言ユーモラスなコメントをしてくれるので、それも楽しいのです。それからしばらくして、ツークンが朝一番に話し始めました。口数が少なく落ちついた雰囲気のツークンですが、前日の失敗話を一生懸命話します。すかさず、タックンが「ハプニング新聞だ」と叫びました。

私が一気にサッサカサーと描きながすハプニング新聞は出来上がる端から3人の生徒が廊下に貼り出していました。

「これでツークンも仲間だ〜」と、妙な連帯意識を確認しながら、あくまでも賑やかな教室でした。


ある日ふと気づくと3人は色々な人とおしゃべりをしています。他のクラスの教員とも、スクールバスの添乗員さんとも、運転手さんとも。

写真・ハプニング新聞3

どうやらきっかけはハプンング新聞でした。廊下に何枚も貼られた大きな画用紙を見て、色々な人が「どうしたの?」「怪我しなかった?」・・・そこにある記事の内容について感想や質問をするようになったのです。3人は自分たちの面白おかしい話ですから(まじめなお勉強の話ではなく?)応え始めたのです。

賑やかなクラスの雰囲気は廊下から、学部内へと広がって行きました。3年間に描いたハプニング新聞はいつか130枚にもなっていました。




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