63 舞さんとの会話


中学部から養護学校に入学してきた舞さんは、小学校の高学年の時交通事故にあい、全身を動かすことが困難になってしまいました。

長い入院治療生活のあと、それまで通っていた地元の小学校で卒業まで過ごしましたが、中学は私の勤務する養護学校に進学してきました。

保護者から見せてもらった写真の舞さんは、お茶目に笑う姿が写真から飛び出してきそうな元気な小学生そのものでした。

入学後も入院を繰り返していたので、学習は遅々として進みませんでしたが、しばらくしてうつろだった目が大きく見開き、驚くことに話しかける人の方向に、わずかですが黒目が動くようになりました。全身がほとんど動かないので、注意深く係わらないと瞳が話す『ことば』を聞き取ることが難しいのですが、舞さんは確実に周りの人に意識を向けていると思えました。


私は舞さんと話し合って、毎日の授業を進めることにしました。と言うと、多くの人からは「え?当たり前でしょ」、舞さんを知る人からは「え〜?どうやって話し合うの?」という声が聞こえてきそうです。自分でも考えてしまいます。そう、舞さんの口から日本語は語られません。

けれど、話し合うことはできました。人と人が隣り合うということはその周りの空気を共有するということなのですね。なにより、舞さんの瞳が動くようになっていたのですから、そこに舞さんの意思を読み取ることができるのでした。

とは言っても、なかなか思うようにはいきません。もしかしたら、私の勝手な思い込みかも知れません。


ある朝、登校する舞さんを送ってきたお父さんが「昨日は勉強頑張ったみたいですね」と、言われました。私はドキッとしました。

お父さんは続けて、「帰ったら、爆睡してましたよ。よっぽど頭を使ったのでしょう」 と言い、笑われました。

全身が棒のように堅くなっていて、自身の力ではもちろん、隣の係わり手がそっと触ってもビクンと大きく跳ね上がってしまう舞さんの身体ですが、その頃、私は舞さんの足先がそっと動くことを発見しました。どうやら、舞さん自身の力で動かせるようです。

写真・足先で動かすスイッチ

私はそっと、けれど驚喜して足先を動かして使えるスイッチを作ったのです。舞さんが足先を動かすとそのわずかな力でスイッチがONになり、ボイスメモから音が出ます。前の日は嬉しくて何回も舞さんに問いかけ、足先を動かしてスイッチをONにすることを繰り返してしまいました。


舞さんのご両親は、舞さんが学校で挑戦していることをいつも応援してくれていました。半分閉じたまぶたの中で、一定の方向に向けられていた舞さんの瞳が輝きを取り戻し、呼ばれればその人の方に瞳を動かすことができるようになった舞さん。私はそんな舞さんの日常をある学会誌に載せることになりました。ご両親に見ていただいて写真掲載も了解していただいたのです。

写真・バルーンを運ぶ

直径1メートルもある大きなバルーンを使っての授業のあと、車椅子に乗った舞さんがお腹の上にバルーンを載せてお片付けしている写真などもあったのですが、『本人が了解していること』と、素敵な笑顔でうなずいてくれました。




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