57 卒業したくない! 1 活動の場を広げる


私が担任になった高等部2年の圭くんは、心臓に病気を抱えていたため、小学部、中学部時代は登校を諦め、訪問指導を受けていたということでした。高校生になった時には病状が安定し、いわゆる日常の生活は普通にして良いという医師の診断でした。圭くんが1年生の時、私は教室が隣だったので、時々圭くんの様子を見ていました。圭くんは週1回登校し、ベッドの上で生活していました。

2年進級にあたり、圭くんは週2回登校を安定させようとしていました。私はもう一人の担任と話し合い、圭くんの学校生活の場をベッドから解放することにしました。教室の床半分に畳を敷いてあるので、車椅子から下りたらその畳に横になり、自由に動けるようにしました。


圭くんは授業開始時間より少し遅れて、保護者の車で登校し、車椅子に乗って教室まで来ます。教室に着くとさっと車椅子から下り、転がったり、背這いをしたりして畳の上を自由に動き回ります。引き継ぎ資料によれば視力がほとんど無いということでしたが、圭くんはさっさと教材箱(児童用の玩具もたくさん入っている)に近寄り、中から様々な教材を取り出しては目の前にかざしてひっくり返したりしながら値踏みをするようにじーっと見ています。気に入らないとポイと手放し、次の獲物を探します。

教室の中は我が物顔で自由自在に動き回っていた圭くんですが、決して教室から外に出ようとはしませんでした。教室以外の場所は全て落ちつかない所としてイメージされているようでした。教室を出るとフーンフーンと大きな声を出していやがり、一刻も早く教室に戻ろうと言っているようでした。


新学期が始まって2〜3週間経つと、生活が落ちついてきます。教材箱の中から圭くんが選ぶことが多いのは、プラスチックのような軽くて透明感のある物、カラフルな色の物でした。1ℓの醤油瓶ならぬ醤油ペットはことにお気に入りのようでした。そこであちこちから醤油や味醂などの空きペットをかき集め、ラベルを剥がして洗い、何色かのビニールテープを巻き付けてみました。圭くんは気に入った様子で、ペットの口を持って目の前にかざし、ゆらゆら揺すると、楽しそうにアハハと笑います。しばらくすると数種類の色テープの中から同じ組み合わせのペットを選び出すようになりました。

私は空いている教室を探してその隅に何本かのペットを入れた箱を置かせてもらうことにしました。養護・訓練室の奥の小部屋、音楽室、2階の広場を仕切った懇談室などは、時間帯によって毎日使えそうでしたから、まずはそこから始めることにしました。


いやがる圭くんに車椅子に乗ってもらうところからスタートです。圭くんにペットを1本渡し、「もっとあるかもしれないから、探しに行きましょう」と誘ったのです。圭くんは半信半疑だったようですが、大声でいやがることはせず、私に車椅子を押させていました。

写真・黄色テープのペットボトル

目的の部屋につくと、圭くんに絨毯に横になってもらってから、私は置いておいた箱の所に行って、ペットをポンポンと打ち合わせながら圭君を誘いました。圭くんは遠くからでもペットの揺れる光を見つけられるようでした。素早い動きでやってきて、ペットを手に入れるとまた素早い動きで車椅子に戻り、『さぁ用は済んだ、帰ろう』と言うかのようにこちらを見るのでした。

繰り返し、繰り返しペット探しの日が続き、いつのまにか圭くんは、自分から車椅子に近づき『せんせ、早く行こうよ』と言うようにこっちを見るのでした。もう、部屋に着けば自分でペットを探しに動き始めます。

そして、何カ所かのペットがある部屋の中は自由に動き回れる場所になりました。




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