53 英語勉強する〜ミッキー先生1〜


高等部1年生の担任になりました。女子男子ともに3名のクラス。2名は中学部からの内部進学ですが、4名はいくつかの市の中学校からの進学者です。6名の生徒全員話すことができる賑やかなクラスです。

写真・ロフストランドクラッチ

車椅子を常時使う生徒が2名、普段はクラッチ(腕を支えられる杖)を使っているけれど、車椅子も時々使う生徒が3名。1名はクラッチが必要なく歩いて移動します。向学心の強い生徒たちで、担任も気が引き締まります。

彼らは数学、国語、社会、理科など教科学習の習得にばらつきがあります。その理由は様々ですが、病気のため欠席が多かったり、視力や聴力に課題があったり、物理的な理由で遅れてしまっていることも多いのです。

脳性麻痺で脳に障害が残り、文字の理解、数の理解、言葉の理解などという学習を進めるために必要な能力に遅れが生じていることもあります。ひとり一人の状態が全て違いますから、その様子をよく見て学習を計画し、進めなくてはなりません。


生活が落ちついてきて、6人の仲間も互いにようやく挨拶ができるようになってきたある日、車椅子に乗ったカッちゃんが私の側にやってきました。
「先生、どうして英語の授業が無いの?」

そうでした。今まで英語はやってきませんでした。日本語の勉強だけで時間がいっぱいいっぱいだったというのは言い訳です。

クラスのみんなに聞くと、「英語は苦手だからやりたくはない」と言う生徒が一人いましたが、他の生徒はやってもいいよと言うのです。当時の教育課程を思い起こすと、国語の中に英語(外国語)も含まれていて、生徒の力に合わせて行うようになっていました。

私たち担任は話し合い、英語の時間を作って苦手な生徒の苦手意識を解消できるような時間にしようと意気込みました。

一回目の英語の授業が終わったあと、またカッちゃんがやってきました。
「先生、どうして外国人の先生が来ないの?」

カッちゃんの卒業した中学校にはALT(Assistant Language Teacher:外国語指導助手)として、ネイティブの英語会話圏の人が授業に参加していたのでしょう。

これには困りました。養護学校にはまだALT派遣の実績はなく、それ以前に英語授業も定期的に行われてはいませんでした。

その時私の頭にひらめいたのは、数日前の学校訪問者でした。

他のクラスの保護者の友人だというアメリカ人が授業を見にきたのです。彼女はアメリカでS.T.(言語聴覚士)をしていたという年配の女性で、しばらく日本に滞在するということでした。そして、友人の保護者を通して「何かお手伝いできることがあればさせてください」というメッセージを伝えてくれていたのでした。

私はさっそく彼女に連絡をとりました。するとすぐ、クラスに顔合わせにやってきてくれました。5月の連休の間でした。

彼女は英語の授業の手伝いをすることに意欲を見せてくれ、日本にいる間は週1回来校すると言ってくれました。無償のボランティアです。

それから私はバタバタと校内の手はずを整えました。管理職に話を伝え、朝の職員打ち合わせで全校に伝達、もし他の学部学年でも希望があれば事前に話しあって、彼女と打ち合わせをしなければなりませんから・・・。結果は私のクラスだけでしたが。


自分の名前は発音しにくいから「ミッキー先生と呼んで」と自己紹介した彼女との長い友情がこの日スタートしました。積極的なカッちゃんのおかげと言えるでしょうか。





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