52 諦める?


1年前の3月に右膝の外側側副靭帯をケガしてしまいました。6年前に同じ右膝の内側側副靭帯をケガしたとき、MRIを見たDr.が「時々カクンと力が抜けませんか。過去に後十字靭帯を損傷していますね」と言って、黒っぽく太くなった画像を見せてくれました。

それでも私はそんな右膝と上手につきあってきました。6年前のケガのときも、3ヶ月くらいで元に戻り、いつもと変わらず仕事をすることができました。

ところが今回は、夏になっても、秋になっても調子が悪いままです。平らな道をまっすぐ歩くことがうまくできません。どうしても右をかばうので、左足に負担がかかってしまうのです。意識して左右両足に同じように体重をかけて歩こうとしてみるのですが、一歩一歩意識して歩くというのは、まさに言うは易く行うは難し・・・です。

なんだか、ぎくしゃくした歩き方が身についてしまいそうです。膝の周りの筋肉を鍛えるのが良いだろうと、もともと好きな山歩きもずいぶんしました。そうこうしているうちに冬になり、雪かきにも精を出して、日常の生活はなんとかこなせていました。

力を入れるときは膝にサポーターをして、1年が経ちました。年をとって治りが遅いと言っても、1年も経てば治るだろうと思っていたのですが、ダメでした。


そしてようやく、私は諦めました。これはもう『この右膝と上手につきあっていくしかないんだ』と。


春は山が笑い出して、花々が道を飾ります。私は夫と二人で近くの里山を何度も歩きました。残雪の上も歩き、春一番の花々を見つけました。水芭蕉、リュウキンカ、ショウジョウバカマ、エンレイソウ、シュンラン、フデリンドウ、ネコノメソウ・・・様々な花を愛でて歩いているうちにふと気がついたのです。右膝を気にしていないことに。右脚を軸にして回転するなどという、1年間決してしなかったことも無意識にできていました。


あ、この感覚前にもあった!


私が高等部3年生の担任だったときのヨッチ、食べるときに筋に力が入ってしまってうまく飲み込めないのです。でも、2年から担任して3年になったときにはかなり落ち着いて食べることができるようになりました。

ところが、3年の3学期、見学者が傍らでじっと見ていたのをきっかけに、再び飲み込めなくなってしまったのです。卒業も近くなっていたので私は焦りました。なんとかもとのように落ち着いてうまく食べ物を飲み込めるようになってほしいと。

日は容赦なく過ぎ、ヨッチは苦しそうに叫びます。2年の初めから培って来た私たちの努力は何だったのだろうと、ヨッチと目を見合わせて焦りました。『ゆっくり』とか『食べるのは楽しいね』とか、これまでと同じことを心に言い聞かせて食べ始めるのですが、だめでした。2年もの積み重ねは一体どこへ行ったのだろうと、悔しさが強く私を縛り付けているようでした。

そして私はある日諦めることにしました。『担任になった時、何も無いところから始めたのだから、もう一度同じように始めればいいんだ』と。


そう思い決めたとたんに、ヨッチとの食事時間はもとのように楽しい時間に戻っていました。諦めたのは私なのに、ヨッチも変わったのはなぜでしょうか。

きっと私の焦りが堅い姿勢となって、ヨッチの前に立ちはだかっていたのだろうと、今ではうなずけるのです。





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