51 考えてたの


養護学校に長く勤務していたので、自閉症と診断された生徒ともたくさん出会いました。実香さんは高等部に入学してきました。私は転勤して高等部1年の担任になりました。私たちの出会いは、入学式の日でした。

私にとっては初めての学校で、4月1日に辞令公布を受けてからまだ数日ですが、実香さんは小学部から、中学部、高等部と進学してきたので、この学校のことはよく知っています。

小、中、高すべての学部が一緒の入学式でした。小学部は2学年合わせた7名のクラスで学習していきます。中学部は小学部からの進学者の他に外部入学生を合わせ、学年7名で学習していきます。高等部になると一気に人数が増えます。

私が担任したクラスは13名でした。実香さんを含む中学部からの進学者7名と、6名の外部からの入学者でした。


転勤してから入学式までの間に、引き継ぎとして資料を読んだり、話を聞いたりしましたが、やはり本人に会わないうちは何も始められません。

入学式が終わって、日々の学習活動が始まります。ある日、玄関の前の廊下を通りかかったら、大きな声がしました。「きゃっ」「やめなさいよ」「だめよ」などという生徒たちの声でした。何が起こったのかと走って行ってみると、玄関の靴箱の前で実香さんが洋服を脱いでいるのです。危なく下着のシャツに手をかけたところでした。私はとっさにきゅっと実香さんを抱いて、「暑いのかな〜、向こうで1枚脱いでこようね」などと話しながら、実香さんと一緒に隣の小部屋に入って行きました。「お洋服脱ぐのはお家に帰ってからにしようよ」と私が言うまでもなく、実香さんは夢から覚めたように落ち着いて、再び身なりを調えて帰って行きました。

実香さんにはこんな思いっきりのいい行動をするところがありました。自分がこれっと思うと、保護者が会議をしていようが、他学部が授業をしていようが、臆せずさっさと入っていってしまいます。

写真・小さい石けん

その潔さにちょっぴり惚れてはいましたが、そのままでは彼女が生活しにくいのは事実です。彼女のしたいことに寄り添いながら、色々な状況の中で守らなければならないことも伝えていきました。実香さんのやりたいこと(自閉症のこだわりとも言われますが)は、いくつか決まっていました。校内の様々な水場に備え付けの小さくなった石鹸を、新しいものにしたいということ、それからゴミ箱はいつも空に、つまりきれいにしておきたいということの二つでした。ゴミ箱は先生と一緒に行きましょうと約束し、できる限り一緒につき合うようにしました。石鹸取り換えノートを作り、それに書いて石鹸をもらうようにしました。

写真・ゴミ箱は先生と一緒に

そうして少しずつ思いついてパッと走ったり、隠れて新しい石鹸を取ってこようとしたりすることが無くなってきました。

写真・ベランダに実香さんが立っている

私は実香さんのクラスを3年まで持ち上がりました。


ある日、掃除をしながらふと外を見るとベランダに実香さんが立っています。窓に寄りかかって外を向いているので、表情は見えません。しばらく経っても実香さんはそのままです。私はベランダに出て、「実香さん」と呼びかけました。

「どうしたの?」と聞くと、実香さんは「考え事をしてるの」と答えて、さわやかににっこりと笑いました。





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