49 親が子に見せられること(立体地図)


思い出話ばかりで恐縮です。息子も小学3年生になり、引っ越した地域にもようやく慣れてきました。当時息子が通っていた小学校はPTA活動が活発なところでしたが、そこには創立時の教員たちの思いが込められていたようです。もちろんその時の保護者の思いも。その考えの中心は「親も教師も協力して子を育てる」ということだったようです。ですからPTAの活動と言っても親睦会のようなことに重きを置いてはいませんでした。親が子どもにどんな背中を見せられるか、親も一緒に成長していくのだ・・・という一本の筋が通っていたように思います。文化祭には親の展示コーナーが設けられ、そこからは学ぶ親の姿が浮かんできました。

ただ時が経つにつれ、だんだん形骸化していくのは世の常でしょうか・・・、保護者の中にはただ煩わしいと考える人も増えていました。


息子のクラスも役員さんを中心に準備が始まりました。まずは何をしようかというところから話は始まります。子どもの学習にも繋がり、親も学べるような・・・。引っ越して来た私にとってこの地域の複雑な地形、歴史と密接な係わりを持つ海岸線や山城、興味あることばかりでしたから、これを立体地図にしてはどうかと提案しました。


話は進み、ベニヤ板2枚を合わせた大きさ(2畳)の立体地図作りに取りかかりました。

作業日を決め、体育館が空いている時間、放課後などに参加できる親が集まり、モクモクと作業を進めました。たくさん段ボール箱をもらって来て、カッターで切っていく作業は簡単そうでなかなか骨の折れる仕事でした。それでも、進めるうちにぼつぼつと話し始め、子どもが授業で習って来たこととのつながりを発見したり、近所の古老が話していたことと繋がったり、話題の幅が広がっていくことを感じました。

写真・地図作業

私たちが作業をしていると、担任の先生がクラスの子どもたちを連れて来て、「ここに山城を築いたのはこんな風に展望が開けるからだ」とか、「この入り江は入り口がこんなに狭いから安心して船をつないでおける」などと、社会の学習に繋げてくれました。子どもたちもまだ作製途中の地図の周りに広がって自分たちの思ったことを言い合っていました。先生は「これを見ると、勉強したことがよくわかるだろう」と、嬉しいことを言って親を元気づけました。


国土地理院の地図を参考にし、縮尺をはかり、細かい作業を進めていくのは大変だったことと、もう記憶の彼方のことを振り返ってみます。時間も人手もどのくらいかかったのでしょうか。クラス全体に投げかけて、できる人が集まるというやり方だったことや、学年PTAのまとめ役が元気で明るい、積極的な方で、冗談を言い合いながら作業できたことなどもあり、あまり大変という思いはしなかったように覚えています。幼稚園に通っていた娘も頻繁に学校へ行き、兄の保護者の人気者になってしまいました。

写真・地図展示

そして完成。文化祭に展示した市の立体地図はその後長い年月小学校の正面玄関に展示されることになりました。

親が学ぼうとする姿は、何回の「勉強しなさい」という言葉より子どもを動かすということを感じた立体地図作りでした。





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