45 折り鶴


小さい頃から自分の目がよく見えないことには気がついていたようです。いわゆる近視という状態で、黒板の字も教室の前半からなら読める程度でしたから、生活に大きな支障はありませんでした。それでも右目の視力は検査表の0.1が見えないのですから、かなり自覚はあったのでしょう。自分のことなのに、幼い頃のことはほぼ記憶の彼方なものですから、たぶんそうだと思うのです。

見えなくなったら・・・という不安があって、目を閉じて歩いてみたりしました。「前方10歩までは大丈夫、曲がらないで歩けるか・・・」などと自分に言い聞かせ、目を閉じて歩いてみるのです。大丈夫と、早足で進み、転んだところに石の水槽があって、額を思いっきりぶつけたことも思い出します。そんななので、目を閉じて文字を書いてみたりもしましたが、そういうことをすればするほど、見ることに頼っていることを逆に思い知らされるのでした。

写真・指点字2

盲ろう者のYさんと宿泊学習会で時間を共にしたことを書きましたが、その夜のことで忘れられないことがありました。夕食のあとはみんなで団らんです。Yさんはちょっと暇そうでした。

Yさんとコミュニケーションする方法として指文字を教えてもらいましたが、すぐ会話ができる訳ではありません。使いこなせる人同士は両手を合わせ、右手で指文字を作り同時に左手で受けるという風に会話をします。私のように一文字作るのに考えているようではまだるっこしくてたまりません。

もう一つ、指点字という方法も使います。こちらは受ける人が両手をそろえて置き、伝える人が上に重ねるようにして指の上に点字を打ちます。点字の6点を左右の人差し指から薬指までで表します。

写真・指点字1

私も点字を覚えてからは町中で見かけると触ってみましたが、私の指先の触覚は役に立たず、いつも目で見て読んでしまいます。ところが指点字はもっと普通の触感で感じ取れます。また、パーキンスなど、点字入力機会に打ち込むときと同じように指で6点を表現するので、ちょっと分かりやすいと思いました。それで私は一生懸命教わりましたが、一つ一つ考えてから動くので、やっぱり実用にはほど遠いものでした。


話をもどします。Yさんに折り紙を教えてあげたらどうかと主催者が提案しました。私が白羽の矢に当たって(暇そうだったのでしょう)、教えることになりました。鶴を折って、まずそれを触ってもらいました。それから新しい紙で始めます。一折りするたびにYさんに渡すと、Yさんはていねいに触ってパッと同じように折ります。だんだん複雑になっていきますが、Yさんは淡々と折り続け、みごとに鶴を折り上げました。そこに居合わせた人たちも感嘆の声を上げるほど、みごとな出来上がりです。私が折った鶴より折り目が正確できれいでした。Yさんの指は私の目と同じ働きをするのだと、とても驚き、けれど「そうなんだな」と納得できる一コマでした。

写真・折り鶴

この話には余談があって、私も目を閉じて鶴を折ってみたのです。いえ、私だけではなくそこにいた何人かの人たちも。できなくて諦めた人、なんとか折り上げた人と様々でしたが、私は見ながら折ったときよりきれいに折れました。もちろん折り方を知っているということ、そして時間もゆっくりだということなどを差し引いて考えるのですが、指先に意識を集中してみると、見えてくるものがあるのかも知れません。





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