44 見えない、聞こえない体験


盲ろう疑似体験という試みを、教員の研修活動として企画したことがあります。二人一組で、体験者はアイマスクをし、ホワイトノイズ音を流したテープのイヤホンをつけます。もう一人は介助者です。30分ほどで交代して行いました。

『無響室』ほど完璧ではないのですが、たいていの体験者は動けなくなります。介助者が手を差し伸べて30分間活動をしましたが、電話機のところに行って「あ、だめか」と気づいたり、テレビの前に行って「むりでした」と苦笑いしたり・・・。4ピースくらいの木工はめ込みパズルを始めてみたのはいいけれど、「触ってみても分からない」と言う体験者にどうやってアドバイスしていいか分からなくなってしまったり・・・。

見えないこと、聞こえないことって本当に大変なことなのですね。


その大変な、見えなくて聞こえないという状態で生活している方たちと宿泊学習を共にさせて頂いたことがあります。何回かの宿泊学習体験では助手をしたことも、ただの見学者のように過ごしたこともあります。

そのうちの1回です。応援で参加していたYさんは、生まれつき見えない、聞こえないという方です。でも、廊下は私たちより早く歩き、曲がり角を見えているように曲がって行ってしまいます。壁には手すりもあるのですが、Yさんは廊下の真ん中をさっさと歩きます。後で聞いたら、廊下には空気が流れていて、行き止まりも曲り角も空気の違いで分かるのだそうです。尊敬の念すら覚えるほどの動き方でした。


私は指文字という意思疎通方法を教わったので、Yさんとも話せるかなと思いました。その時教わった指文字は、アルファベット式でした。ローマ字と同じように子音と母音を組み合わせて文字を表現します。

ある日、Yさんが自転車マシーンで楽しそうに運動をしていたのですが、そろそろ休憩にしたいからコーヒーでも誘ってみてと主催者に言われました。Yさんは、一人でいるときも自分の右手を素早く動かして文字を綴っていることがあります。これは独り言と言えるようです。私たちが考えるとき、言葉を使って考えていることと同じです。

私は覚えたての指文字で「コーヒーのむか」と、伝えようとしました。まず「こ」です。KとOの指文字を、それから次は「ひ」HとIの指文字を、Yさんが待っている手のひらの中に作りますが、ゆっくりになってしまいます。私が「こー」と伝えた時にはYさんは自分で「ひー、行こう」と指文字を作って、自転車を降りました。そのあと食堂までは一回外に出るので、私の肘に軽く触れるようにつかまって歩きました。

写真・アルファベット指文字

私の指文字、きっとまどろっこしかったでしょう。それでも笑顔で接してくれたYさんのおかげで嬉しくなりました。だって通じたんですから・・・。


この経験はその後たくさんの児童生徒と係わる時にいつも思い出すことになりました。私が知っているコミュニケーションの手段はたった一つ、日本語の話し言葉と文字。聞こえなくなったり読めなくなったりしたら、たちまち途方に暮れるでしょう。

日本語がうまく伝わらないと思っている児童生徒が、身振りや視線や呼吸や・・・それぞれのコミュニケーションの手段を持っていることを忘れず、いつも静かに熱くその言葉に心を傾けたいものです。





  • サブメニュー3のイメージ画像 次のページ 9-45「折り鶴」へ

  • サブメニュー3のイメージ画像 Gallery3特別支援教育へ戻る

  • サブメニューホームのイメージ画像 ホームへ戻る