39 雪だ


養護学校(現在は特別支援学校)に勤務し始めた頃、春と夏の長期休業中には研修に参加していました。全国から泊まり込みで参加される親子、教師と一緒に短期課題に取り組むという研修でした。『合宿』と呼んでいました。そこで、私は盲ろう二重障がいの方と出会い、点字や指点字の学習もすることができたのです。

点字はローマ字と同じ仕組みでシステマティックなので、一回覚えると割と簡単に読むことができます。ただし、目で読みます。指先は悲しいほど鈍感になっていて、とても目が見えない方のように指でなぞって読むことはできません。

また、話し手の指の形を、聞き手が手のひらで受けて聞くという指点字は、まさしく触れ合いあってのコミュニケーションという感じで、まどろっこしい会話ではあったけれど(相手の方の忍耐に感謝)楽しい思い出です。


最後の勤務校で出会った男子児童ユズキ君は、小学生後半に網膜剥離で失明しました。網膜剥離の手術を受けて数年は快復の期待もありましたが、中学部に進んだ頃には光覚もほとんど無くなっていたようです。中学部の2年になる頃にはユズキ君も家族も失明を覚悟したようでした。

ユズキ君は四肢麻痺があり、車椅子を活用していましたが、手の麻痺は足より弱く、なんとか動かすことができました。私は点字の勉強をしようかと持ちかけました。その時は、話すことができる彼にとって点字の学習に意味があるだろうか・・・と、私自身不安がありました。でもユズキ君は強くやりたいと望み、学習を始めました。色々なことができなくなっていく中で『僕は点字を勉強しているんだ』ということが、ユズキ君にとっての大きな励ましになっているようだと感じました。

私は学部のまとめ役の仕事もあり、1週間に1回の授業時間を確保するためには仕事をやりくりして頑張りました。また、私がいなくても毎日1回は点字に触れるようにと考え、『点字ノート』を作りました。ユズキ君は腕を自由に動かすことも難しい麻痺の状態でしたから、最初は10倍ほどの拡大点字を作ってみました。小さな紙シールを5枚くらい重ねて点にしたり、厚く塗ったボンドを乾かして点にしたり、正確ではなかったと思うのですが、ユズキ君は真剣に取り組みました。

ユズキ君は朝登校すると毎日クラスの先生と一緒に『点字ノート』を開きます。教員用には文字を書いてあるので、点字が分からない教員も指導ができます。ノートの下には大きな◯と✕も浮き文字で作っておき、正しく読めた時は◯に、間違えた時は✕に、直径1.5センチほどのシールを手探りで貼ります。廊下で会うと嬉しそうに「正解だったよ」と話しかけてくれます。

週に一回の授業では、2文字の物の名前を読み、二つの箱の中のどちらにその物が入っているかを手探りで探します。実物が用意できる物から始めました。「いし」「くし」「くつ」「かみ」「すみ」「かん」「ほん」「ふえ」「ひも」・・・。箱に入るように私の孫の小さな靴を用意した時は「孫の靴!」と嬉しそうに言い、「『孫の』は書いてありません」と、私が言うのを大笑いして待ちます。ユーモアたっぷりのユズキ君、「今度虫を持って来てよ」とリクエストが出ることもあり、秋の終わりには50音をほとんど読めるようになりました

写真・お盆に載せた雪の塊に触れる

冬休みに入る直前雪が積もりました。私は彼の前に「ゆき」という点字を起きました。自分の名前の文字ですから、もちろんすぐ読めました。「雪。え〜っ?」という彼の机にどおんと大きな雪の塊を乗せました。
「わぁ〜。本当に雪だ。冷たい」と大きな声で叫び、大喜び。その後はちょっぴりお遊びタイムとなりました。





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