36 泣かないぞ


こうちゃんが小学部に入学する時、地域の就学相談の方からお話があり、病院と密接な係わりを必要とするこうちゃんの、非常時の対応などについて、お母様とは色々なことを話してきました。こうちゃんが入学して2年間、小学部にいて学習の様子を見た後、1年間他の学部から時おり姿を見て、私は退職しました。

学部にいた頃お母様から教材の相談を受け、目が見えないこうちゃんが触って学べる点字学習用のグッズをお貸ししていたのですが、退職するにあたって、その教材は差し上げてきました。


こうちゃん、泣かないで頑張っているのでしょうか。1、2年の頃は泣きべそさんだったけど。でも、笑顔もまたとてもすてきでしたっけ。


まだ、こうちゃんが2年の泣き虫だった頃のことです。昼食時間、私は小学部の児童たちが食事する様子を見ながらゆっくり歩いていました。日によって私自身も必要な摂食指導をしますが、児童の欠席が多ければ全体を見て回ります。こうちゃんは、口から食べることが難しく、管を使って栄養液を摂取する、経管栄養注入をしていました。医療ケアと呼ばれるケアを必要とする児童生徒は、学部を越えて1部屋に集まり、看護師見守りの中で注入などのケアをします。


私が部屋に入ったとき、ちょうどこうちゃんの泣き声がしました。こうちゃんは安定して注入が進み、担任は隣の机で食事をしていました。こうちゃんの机の上には、音楽の鳴る本が置いてあります。ボタンを押すと、こうちゃんの好きな童謡が聞こえてくる本です。どうやら一曲終わるごとに泣いて、担任にボタンを押してもらっているようです。

担任は「こうちゃんは泣き虫なんだから・・・。泣いても押してあげないよ〜」と言いながらも、こうちゃんが泣く度にボタンを押してあげることを繰り返していました。よくある光景です。


2曲ほど聞いた後、私はこうちゃんの前に行って「金箱先生です」と挨拶しました。もちろんこうちゃんは私の声を覚えていると思いますが、目の見えないこうちゃんへのエチケットだと思います。それから、こうちゃんのちょっと苦手な前方の位置に私の左手を置き、言いました。

「こうちゃん、泣いても音楽はならないよ。でも、ここに先生の手があるから、『先生押して』とタッチしてね。そしたら、先生がならしてあげるよ」と話しかけました。そして、こうちゃんの手を右手で支えながら一緒に少し動かして、私の左手に触らせてあげました。
こうちゃんの腕は、体の前で小さく固まったようになってしまっていて(拘縮)、なかなか思うように動かせないのです。でも、少しずつ動かすこともできます。反射のようにビクッと大きく動くのではなく、自分の意思でゆっくりと。

その後の音楽が終わったときのこうちゃんの顔、私は今でも鮮やかに思い出します。こうちゃんは、一瞬くしゃっと顔を歪め、泣くのかなと思いました。けれど、彼はぐっと歯を食いしばり、泣くのを止め、それからじりじりっと、苦手な前方へ腕を延ばし、私の手にタッチしたのです。長い時間が経ったように思えました。


これを3回繰り返しました。たった1回説明しただけなのに、こうちゃんは泣かずに歌のボタンを押してもらう方法を身につけたのです。3回目の曲が終わった時には注入が終わり、私もこうちゃんにさよならをしました。





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