30 けんか友達〜二人の雪さん〜


雪さんが卒業する時には物を食べることも難しくなり、胃ろうからの経管栄養注入を始めていました。

雪さんは、3年間私とはけんか友達でした。担任になったことは一度もないけれど、3年間『職業』などの授業を共にし、あれこれ言いあいながら色んな物を作りました。雪さんは、廊下の遠くからでも私を見つけると、「い〜ダ」と言って笑ったり、揺れる腕をまっすぐ伸ばして私の顔をじーっと指差したりしていました。雪さんにじっと指差しをされると、「おまえは怠けていないか?」と、問いつめられているような気がしたものです。

写真・卒業間近

「おめでとう」を言いに近づくと、大きな目でこちらを見ます。卒業式の日、雪さんは振り袖を着て参加しました。ご両親の心づくしで、車椅子に座っていても着こなせるように工夫した振り袖は、色白の雪さんにとても似合っていました。もう、雪さんは私に向かって「い〜ダ」も言わず、指差しもしません。ただ大きな目でじっと見るだけです。


卒業後の雪さんは、日数は多くないけれど進路先の施設に通い、落ちついて過ごしているようでした。ご両親の話を聞く機会があり、施設での生活に安心していらっしゃる様子が分かりました。

ある日、雪さんが通っている施設から電話がありました。施設で「成人式」を行うので参加して欲しいとのことでした。その席で雪さんの高校時代のことを話して欲しいとのことです。雪さんの晴れ姿を見せてもらうのは嬉しいけれど、私は担任ではなかったので、お話は遠慮したいと言いました。ところが、雪さんのご両親からの希望とのことで、施設の方は強く言われます。3年の時の担任の都合が悪いのか・・・と思ったので、私は引き受けることにしました。


当日思い出だけをいっぱい抱えて、私は出かけました。施設に入るとお祝い気分に満ちています。着飾った保護者らしい人の姿もたくさん見えます。雪さんのご両親もいらっしゃいました。あいさつをして周りを見ますが、雪さんはいません。

多分私が怪訝な顔をしたのでしょう、ご両親が奥を指差して「あっちにいるんで、会ってやってください」と、言われました。「なんだか落ちつかなくて・・・」と、小さな声で付け加えながら。

廊下の奥の方に行くとフラットの車椅子の周りを施設の指導員さんらしい人たちが囲んで何か言っています。その影から「あ〜」と大きな声が聞こえます。雪さんの声です。人々の影から腕を大きく振り回している様子が見えます。私は走るように近づいて「雪さん、来たよ、金箱先生です」と話しかけました。学校でいつもしていたように自己紹介をしながらベッドに近づきました。すると雪さんは振り上げていた腕をす〜っとおろし、私の声を確かめるように静かになりました。

周りにいた指導員さんが「本当だ」と言い、離れていた指導員も「あ〜、本当に静かになった」と、寄ってきました。何が本当なのかわからない私は、雪さんの手にそっと触れながら「雪さん、おめでとう」と言いました。

雪さんは在学中、私に向かって「金箱、キライよ」とあかんべをしたり、「い〜ダ」と言ったりしていました。けれど一方で、私の話すことをきちんと聞いていました。だから、ご両親が「金箱先生が来れば、きっと落ちつく」と話していたのだそうです。

指導員さんが「雪さんは、本当に金箱先生が好きなんだね」と言いましたが、私はそうじゃないと思います。この人は私の話を聞いてくれる、この人は私に向かって話してくれる・・・ただそれだけの、けれど濃密な、互いに真剣な人間関係を築けたかもしれないだけなのです。





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