1 人と人の間


何十年も前のことになります。教育心理学(とくに盲ろう教育で著名)の偉大な先達、梅津八三先生(1906-1991)が、ふとこう話しかけてこられました。その時は、確か亡くなられる前の年だったような気がします。特別支援教育に関する国立研究所で、研究員の方の係りを見学させていただいていた時のことです。梅津先生はもちろんアドヴァイザーだったのですが、私は壁の花になって、ひたすら研究者の実践を見つめていました。ただ、その日はたまたま梅津先生の隣に座っていたのです。

休憩になった時、梅津先生が隣に座っていた私の方を向いて、小さな手帳を出しながら言われた言葉は、それから何度となく私の脳裏に浮かんできました。そう、今も鮮明に覚えています。

「最近、新しい研究を始めたんですよ。空と空の間は空間でしょ。時と時の間は時間。それでは人と人の間は・・・」

考えることが楽しくて仕方がないというお顔でした。


2020年4月、新しい年度が始まりました。でも多くの学校に子どもたちはいません。世界中に感染が拡大して、今や人類の脅威となっている新型コロナウィルスの拡大防止策として、多くの学校は休校になっているからです。


梅津先生がいらしたら、なんとおっしゃるだろう・・・などと思っています。人と人の間がこれほど意識されたことが、これまでの私の人生であったでしょうか。単に物の考え方、哲学等ではなく物理的にも個人と個人の間の距離を考えざるを得ない今の世界。


私の仕事に物理的な距離は考えられないことが多くありました。生徒の手となり体幹となって支え、一緒になって何事かを為そうと力を合わせました。筋と筋を重ねてその動きを感じあいながら次の行動を選んできました。

その一方で必要以上に距離を縮めると心が波立つ生徒もいて、必ず一定の距離を保って関わりを続けたこともありました。それでもある瞬間には生徒自ら距離をなくし、触れてくることもあったのです。

ヒトとヒトという個人だけでは成り立たない、人間の営み。

「『人』と言ったり『人間』と言ったりしているけれど、その違いはなんでしょう」。確か、梅津先生はそんな風にもおっしゃったように思います。

『人は個人で生まれ、社会の中で育つ』などという言葉もあります。その時私は、そんなことをかすかに頭の隅に思い描いたような気がします。


今、人と人が触れ合うことを恐れなければならない現実に、人類の危機さえ感じてしまいます。みんな手をつなぎ合って育った幼児の頃、2人3脚で運動会を駆け抜けた小学生の頃、合唱大会で声を合わせて歌った中学生の頃、肩を組んでフォークダンスを踊った高校生の頃、そして額を寄せ合って喧々諤々夜中まで話し合った大学時代・・・振り返れば必ず隣に誰かの顔があったことでしょう。


梅津先生がどんな叡智でこの問題をお考えになっていたのか、天国への階段を少し上ってお聞きしてきたいこの頃です。




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