16 「 yes or no? 」 の1


秋さんが私と授業をすることになったのは、ちょっとした偶然でした。私は高等部1年生の担任。秋さんは2年生でした。

高等部のクラス分けはまず大きく〔教科学習を中心とする教育課程〕と、〔自立活動(当時は養護・訓練でした)を中心とする教育課程〕に分け、その中で必要に応じて1ないしは2クラスに分けていました。私が担当していたのは〔(略)教科学習グループ〕、秋さんが在籍していたのは〔(略)自立活動グループ〕でした。秋さんは学習意欲が高く、自分も〔教科学習グループ〕で学習したいと申し出たのです。

〔教科学習グループ〕では、時間表によって教科単位での学習を行うので、知的能力と合わせて生活能力も一定の力がないとついていけないことも考えられます。秋さんはアテトーゼ型の脳性麻痺があり、付随運動のためなかなか自分の思うように動いたり、話したりできないのでした。そこで入学時、ゆっくり本人のペースで時間を活用して学習を進められる〔自立活動グループ〕になったのです。


秋さんの要望を受けて、〔教科学習グループ〕で教科別に学習をしてみることになりました。数学は私の担当するグループに参加することになりました。その前に1回だけ国語の個別学習をしました。顔合わせというのでしょうか。秋さんは彼女が普段使っている『トーキングエイド』というワープロに似た機械を持ってきました。

彼女は自分では細かい動作が出来ないので、『トーキングエイド』を車椅子に乗せて運んできて、机にセットするのは担任の教員が行いました。担任は『トーキングエイド』をセットするとクラスに戻り、私と秋さんが廊下の端に特設した学習机に向かいました。

私と秋さんは日常生活でもほとんど接点がなく、初めて対面しての授業です。

「こんにちは。今日は国語を一緒に勉強しましょう」とあいさつすると、秋さんはいきなり上半身を大きく動かして、その反動のように腕を前に降り、『トーキングエイド』に文字を打ち始めました。もちろん、上半身を揺するようにして1文字ですから、時間がかかりますが、何かを真剣に打ち込んでいます。私はじっと黙って彼女の動作を見ていました。一通り打ち込むと、秋さんは印刷ボタンを押しました。

『ワタシノヒダリガワニコナイデクダサイ』印刷されたテープが出てくるのと同時に機械的な音声が伝えます。秋さんの腕は本人の意思とは無関係に大きく弾むように動いてしまうことがあるので、彼女に近寄っているとぶたれてしまうことがあるのです。初めて会う私に、危ないですと注意してくれたのです。

こんな気配りが出来、それを文章で表現できる秋さんですから、当然国語能力は高いと考えます。しかし、です。やはり時間がかかります。何人かで学習を進めていて一つ質問をした後に、全員が待つことになります。気持ちは『待てばいいでしょう・・・』に傾きかけているのですが、他の何人かの学習が遅れていくのは必然です。そして、やはり秋さん本人の学習も思うように進められないでしょう。秋さんの学習は秋さんのペースできちんと保証していくという、その時の指導体制が合っているように、私には思えました。


週に1回、秋さんは私のグループに数学の学習をするためにやってきました。〔教科学習グループ〕の中では最も初歩の学習をしているグループです。二桁ほどの四則計算・・・と言いたいのですが、加減算までの生徒もいます。最初の日、秋さんはじっと課題を見てニコッとします。理解できていると思えました。担任からは『秋さんはyes,noの表現が分かりにくいけれど、表情が豊かで、何でも分かっている』と聞いていました。しかし、日常の係わりがなかった私には、秋さんの表情を正確に読み取ることが困難でした。教材を作らなければ・・・!差し迫った、私の課題ができました。





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