12 自分でやりたい


その日ゆきさんのクラスは、美術の時間を利用して全員で修学旅行の栞の表紙をつくることになっていたようです。和紙を折り畳んで染め色に浸け、様々な線を染めて作るそうです。私は自分のクラスの生徒たちと美術室に行き、すでに始まっていた3年生の紙染めの作業の隣でいつもの学習を始めることにしました。この時期は美術の時間に何をやってみたいかを決めて、全員が自分のやってみたいテーマで個別に色々なことに挑戦することにしていました。

3年生の作業は一人一人がそれぞれの進度で進めていて、好きな色の染め液を作る人、和紙を折る人、染め液に紙を浸ける人、自分の手を動かせないけれど、賑やかにあれこれ希望を教師に伝える人と、忙しそうでした。


3年生の賑わいに目を向けると、こちらを見ていたゆきさんと目が合いました。ゆきさんは自分一人では作業が出来ず、かといって教師に希望を言うほどには声も出せず、少し離れたところで自分の順番を待っていました。

ゆきさんの顔はこっちを向いていました。その目が何かに集中しているようです。視線の先を注意して見ると、私のクラスのまみさんがやっているパーラービーズに向かっているようです。ゆきさんは、ビーズをやるまみさんの手元をじーっと見ています。

絵・パーラービーズの台

ゆきさんのクラスの作業はなかなか進まず、まだゆきさんの順番は回ってこない様子です。私はクラスの生徒たちがそれぞれ自分の課題を進めているのを確認して、ゆきさんの隣に行き、「ビーズを見ているの?」と聞きました。ゆきさんはこっくりとうなずきました。
「おもしろそう?」と聞くと、「うん」と言いました。手が震えてしまうゆきさんにとっては、細かくて操作が難しそうなビーズでしたが、「やってみる?」と聞くと、にこっとして力強く「うん!」と応えました。

私は少し慌てました。まさか、ゆきさんがやりたいと言うとは思っていなかったのです。恥ずかしいことですが、いつももの静かに周りを見ていても、自分から何かをやりたいと言うことは少ないゆきさんでしたから、その時も軽い気持ちで話し合うつもりしかなかったのです。

でも、そのゆきさんが「やりたい」と言ったのはとても嬉しいことでした。

「赤がいい」と言うので、丸い台をゆきさんの前に置き、赤いビーズを少し私の左の手のひらに乗せ「これでやってみる?」とゆきさんの前に出してみました。ゆきさんはすぐ右手を出し、ビーズを持って台にはめようとします。でも、ゆきさんの手は大きく横に震えてしまいます。

私は右手の指先で、震えるゆきさんの右手の手首から手のひらにかけて下から押さえるようにして支えてみました。そうやって揺れが止まると、ゆきさんは小さなビーズをつかむことが出来ました。何度も落としたり、一度台にはめたビーズを転がしてしまったりしながら、私の手のひらのビーズを全部台に乗せることが出来ました。

絵・パーラービーズと手

「できたねぇ。もっとやる?」と聞くとすぐ「うん」とうなずきます。今度は箱に入れたビーズを差し出しましたが、箱からつかみ取るのは難しいようです。もう一度、私の手のひらにいくつかのビーズを乗せました。すると見ていたまみさんが、自分が使っていた小型の入れ物を「使っていいよ」と差し出してくれました。熱心なゆきさんの姿に思わず声をかけたくなったようです。でもやはり入れ物からつかみ取ることは難しかったので、気持ちだけもらって、再び私の手のひらからつかむことにしました。

真剣に一粒ずつ台に乗せ、手のひらのビーズが再び無くなったとき、ふうーと大きく息を吐いたゆきさんは、「この難しい仕事をやり遂げたぞ」と言っているようでした。





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