11 やりとり(人間ウォッチング)


写真・善光寺の井戸

定年後長野に引越しをして、善光寺さんの境内を歩くことが多くなりました。

善光寺さんは国宝であり、最近は外国人の観光客も増えました。毎日通ると、様々な人間模様を見ることが出来て、私はこれが「人間ウォッチング」というものか・・・などと頷いています。


その日買物を終えて善光寺さんの東にある井戸のあたりにさしかかったときです。就学前くらいの女の子が井戸をのぞいた後、石畳の通路の方に歩きながら、「うそつき。パパはうそついた」と、なんだか嬉しそうに叫んでいました。

お父さんらしい男性が、「パパはうそなんか言いません」と、言っています。女の子は「だって・・・、パパはうそついたじゃない」と、強気です。

すると、お父さんは、「ごめんんさい。パパはうそをつきました。お許しください。今、一回だけうそをつきました」と、ちょっとだけ楽しそうな声で言いました。

女の子は、「一回じゃない!パパはいつもうそをついてる」なかなか厳しい指摘です。

するとお父さんは、「ごめんなさい。うそをつきました。今のうちにえんま様にお願いしておこう。百円あげますからお許しください」と、女の子の方に向かって言いました。

女の子はすかさず、「百円じゃダメ!」

そのとき、何故か私にはお父さんが考えていることが手に取るように分かりました。でも、お父さんが口を開くより先に女の子は言いました。 「穴のあいているのじゃなきゃダメ!」


このとき、お父さんはホントに困りました。「・・・じゃぁ・・・穴のあいているホースをあげましょう」

少し後ろを歩きながら聞いていた私は、吹き出しそうになりながら、こらえました。 「ホースじゃダメ!」厳しくも予想通りの答えです。「・・・じゃぁ、ドラム缶をあげましょう」お父さんは苦しい展開です。「ドラム缶じゃだめ!」それはそうです。あたりまえ。

そのとき、静かに隣を歩いていたお母さんが、ドーナツは?と呟きました。もしかしたら、女の子の好物なのかもしれません。

お父さんは力を得たように、「では、穴のあいたドーナツをあげましょう」と言ったのですが・・・。やっぱり「ドーナツはダメ!」と、断られました。

さぁどうするか、と思った一瞬の後に女の子は声高らかに言いました。「お金じゃなきゃダメ!」

そのあとです。お父さんはしみじみと、「やっぱり地獄の沙汰も金次第か・・・」。

みごとな落しで、何故か女の子もそれ以上攻めて来ず、綺麗に声の通る父と娘の会話は終わりました。そして、親子は駐車場の方に去っていきました。


毎日勤務していた頃の私は、人と係わることが仕事なのに、どこか人から離れていたい願望が強く、人混みにいても、電車に乗っていても、なるべく人を見ないようにしていました。常に文庫本を持っていて、少しの隙でも活字を追っていました。

活字は変化しません。そこにそのままあるだけです。こちらが開けば現れ、綴じれば消えるだけです。でも、他者は違います。私の思いや予想や期待とは全く関係なく自由に現れたり消えたりします。

同じ人間は一人もいない、そのことが実感を持って、しかも楽しく感動的に私に迫ってくる、善光寺さんの境内を通るたびに拾う人間模様に恋しているこのごろです。





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