97 加藤文太郎が歩いた 六甲山 931m 摩耶山 698m(兵庫県)   

2011年4月29日(金)〜5月1日(日)2020.1 記 

加藤文太郎『単独行』
加藤文太郎『単独行』


加藤文太郎(1905−1936登山家)著の『単独行(1970二見書房刊)』が我が家の本棚にある。登山家とかロッククライマーなどという言葉とは大きな距離があるが、山道を歩くのが大好きな私は、若い頃はいつも一人で山を歩いていた。山の奥でガサゴソという木々の葉擦れの音を聞いても、それが野生の動物の放つ音とわかれば怖くはなかった。「一番怖いのは人間」などと嘯いていた私にとって、単独で深く高い山懐に飲まれるように生きる加藤文太郎は魅力的だった。

六甲山三角点
六甲山三角点

その加藤文太郎が最初に歩いた山、六甲山にいつか行ってみたいと思っていた。今では山上に車の道路も通っている六甲は、山というより観光地になっていることは知っていたが、それでもその流れる風を、見渡す海を、足の下に感じる岩混じりの山道を自分の身体で味わいたいという思いは強かった。文太郎が風のように通り過ぎたという頂を自分の肌で感じたい、と。

地図・六甲山


しかし、関東から神戸へ、そして六甲の山道を歩いてくるのは今日思いついてちょっと出かけてくるというわけにはいかなかった。ゴールデンウィークの前半を利用して、新幹線で出発したのは、もう定年も近くなってからのことだった。


電車の旅
電車の旅

久しぶりに乗る東海道新幹線で新神戸の駅に降りた。乗り換えて有馬温泉まで行くのだが、まだ日は高い。新神戸駅の雑踏を避けながらキョロキョロしていると、インフィオラータの案内が目に入った。道路に花を敷いて絵を描くという。もともとはキリスト教から発しているらしいが、花で絵を描くとはどのようにするのだろう。興味深く、行ってみることにした*。山手の偉人館街も歩いてみたいし・・・、北野天満神社にも挨拶したい。

インフィオラータ
神戸北野坂のインフィオラータ

神戸のインフィオラータは、イタリアのジェンツァーノのインフィオラータにヒントを得て、1997年が最初だったという。私たちが見に行った北野坂では2001年から始まったそうだ。この年のテーマは『神戸の香り』というのだそうだ。道路に敷き詰められた花びらの色鮮やかなことに驚いた。そしてジェンツァーノにヒントを得たというのもびっくり。バレエの『ジェンツァーノの花まつり』はこの祭りに関わるお話だったか・・・、なんだか感動した。 

善光寺中央通りでも毎年行われているので、今では身近に見ることができる。


有馬温泉へ
神戸北野〜有馬温泉へ

思いがけぬ楽しみの時間の後、再び電車に乗って有馬温泉に向かった。有馬温泉といえば、江戸時代から草津、下呂と並んで3名湯の一つにうたわれた名湯、私でも名前だけは知っている。温泉に魅力を感じないわけではないが、山登りにでもかこつけないと、なかなか温泉だけを目的にしては出かけない。六甲を登ろうと決めたので、有馬温泉に泊まろうと繋がった。有馬温泉駅を降りると、深い川が流れている。赤い優雅な橋は、ねね橋。秀吉が愛したというこの温泉の観光目玉となっているようだ。橋のたもとには、ねね像が立っていて、一緒に記念撮影をした。


ロープウェイに乗って
ロープウェイに乗って

温泉に浸かってのんびりと朝を迎え、いよいよ六甲の山に入る。ロープウェイに乗ると、一気に六甲山縦走路に行けるらしい。12分の空の旅、六甲は想像していたより深い山だった。起伏のある山の上を空中散歩しながら山頂駅に向かう。私たちが乗ったのは2代目のゴンドラだそうだが、これを書いている2020年の春には新しくスイス製の3代目が運行されるそうだ。私たちも乗った2代目は、1月半ばにさよなら運転をしたそうだ。


六甲山最高峰
六甲山最高峰

春霞の展望
春霞の展望

六甲山縦走路と案内が出ている道を歩く。気持ち良い山上の散歩道だ。アセビやツバキが咲いている道を進み、六甲山最高点に着く。見晴らしが良い。ここから見える海は大阪湾だろうか、春霞の柔らかい空気の向こうに神戸の街と一緒に見えている。

木々の花
木々の花(馬酔木、椿、桜)

山上の道には車も走り、おしゃれなデザインのバスも走っているが、私たちはもちろん歩く。もっと人が多く街のようになっているのかと恐れていたが、深い森や、沢や剥き出しの岩山が連なり、六甲は面白いところだった。

山上は風が強く、ただ立っていると肌寒いくらいだったけれど、森の中に入ると風は無くなった。深くえぐれた道の脇にはアセビが重そうに白い花穂をかかげ、その独特な枝振りで頭上に傘となっていたり、赤く光が灯るような椿の花が咲いていたり、山桜が赤い葉と一緒に空を覆うように揺れていたりして、呑気な気分を盛り上げてくれた。

魚屋(ととや)道から
魚屋(ととや)道から


さて、どっちへ行こうか・・・。大まかな地図は頭に入っていたけれど、神戸のホテルに夕方到着すれば良いという無計画の計画。

もう一度地図を眺めて『ロックガーデン』に心が揺れた。『魚屋(ととや)道』という名前も面白い。この道を行き、芦屋に降りることにした。歩いてみると、階段あり、沢あり、深くえぐれた山道ありの変化に富んだコースだった。淡いピンクの花が道の脇に寄り添っている、コバノミツバツツジだろうか。

六甲山の花
六甲山の花

雨ヶ峠

花崗岩が風化してできた六甲山は、酸性土壌を好むツツジ科の木が多いそうだ。たくさん見られるアセビもツツジ科だ。花を見上げて歩いているとアケビのツルも絡んでいて、淡い白紫の大小の花がぶら下がっている。水辺にはツボスミレもたくさん咲いている。豊かな花の道に満足感が膨らんでくる。

風吹岩
風吹岩を越えて

ロックガーデン
ロックガーデン

高座滝
高座滝 キバナオドリコソウ

六甲山最高点から魚屋(ととや)道、本庄橋跡の沢、雨ヶ峠を過ぎ、風吹岩で風景を楽しみながら小休憩。そしてロックガーデンの中央尾根を降り、高座滝に出た。小さな滝を背景に茶店があったので、暖かいおでんとコーヒーをいただいて、ホッとする。ふと見回すと、草の中に鮮やかな黄色い花が立っている。オドリコソウ?こんな黄色のオドリコソウがあるんだと、びっくり。田や畑の畔などにビッシリと広がる薄紫のヒメオドリコソウは春になればどこでも会えるほど馴染み深い。そして、白い花穂の大きなオドリコソウには山道で稀に会える。けれど、ここまで鮮やかな黄色の花は初めて見た。

下山
下山、おでんがうまい

ゆっくり休み、暖かいコーヒーもいただいたので、芦屋から神戸へ向かう。たった1日、六甲の一部分だけの旅だったけれど、ロープウェイから見下ろす深い森、公園のような稜線上のそぞろ歩き、深くえぐれた昔の人たちの足跡を感じる山道、花崗岩の白い岩肌も荒々しいロックガーデン・・・変化に富んだ山道だ。私たちは途中で見た標識をみんなカメラに収めていて、なんだかおかしい。

芦屋川駅
阪急電車に乗って


阪急の芦屋川駅から電車に乗り、神戸へ。まずホテルにチェックインして町歩きに出かけることにする。ところがホテルに行くまでにすでに町歩きが始まった。三宮の高架下の賑わいはどこまでも続くかと思われる。人混みは苦手と言いながら、アメ横のような勢いについほおが笑ってしまう。元町にたどり着き、ホテルに荷物を置いてから、ポートタワーまで行ってみることにした。ポートタワー周辺は広々と整理されていて気持ち良いが、ちょっと寂れている感じもしてしまった。地下鉄の駅に宣伝があったので、私たちは新長田駅まで足を伸ばし、懐かしいものを見に行った。

高架下の賑わい

ポートタワー
ポートタワーと展望台からの眺め

懐かしいもの?何かと言うと『鉄人28号』。どうしてここにあるのか不勉強で知らないが、巨大な鉄人28号が駅前の広場に立っていた。子どもの頃からほとんどテレビを見ない私たちだったが、鉄腕アトム、鉄人28号は知っている。科学への大きな夢が形を表してくれたような興奮があったと思う。

鉄人28号
鉄人28号

巨大な像と分かれて、再び元町に戻った。フラフラ歩いて探したイタリアンレストランは、小さいお店だけれど、オーガニックの野菜が美味しかった。


さて、あっという間に帰る日だ。このまま帰るのはもったいない。近いところにある摩耶山を訪ねてみようと話はまとまった。ホテルを早く出て、周辺を少し歩いた。ケーブルの始発は10時だったので、それまで神戸元町あたりを見てこようという計画。国指定重要文化財という旧神戸居留地15番館や、華やかな門で迎える中華街などを見て歩き、駅へ向かう。大きな通りを避けて裏道を歩くと静かな町歩きが楽しめる。三宮から王子公園駅に行き、摩耶山ケーブル始発に乗る。

摩耶山ケーブル
摩耶山ケーブル

摩耶山698mは六甲山の前山にあたるが、ケーブルやロープウェイが早くから開発されてきたので、誰でも登りやすい。そして夜景が美しいと評判の山らしいが、残念ながら夜まではいられない。

摩耶ケーブルに乗って標高を稼ぎ、そこから歩く。ケーブルの上の駅、虹の駅というらしいが、そこからはロープウェイが山頂駅まで登っているせいか、山道を歩く人には出会わない。昔からの道らしく、広い階段が立派な山道なのだが・・・。誰にも会わないまま、三等三角点のある摩耶山頂に到着。途中ポツリポツリと雨粒に当たられたが、さほど傘をさすほどもなく、森の中の木の葉から落ちる雨の光を見ながらゆっくり登った。

摩耶山
摩耶山

山頂から少し歩いたところに展望台があった。ロープウェイで上がる人たちはここで展望を楽しんだり、予定を確認したりして、またいくつかの施設に散っていくのだろう。ここ掬星台(きくせいだい)からの夜景は、函館、長崎と並ぶ日本三大夜景の一つに数えられているというが、生憎の曇り空で街も霞んで見える。掬星台って、手で星が掬えるくらい高いという意味だそうだが、人々の暮らしに近かったんだなと思う。

ケーブルを使ったので、山頂には11時過ぎについたけれど、天気も良くないし、帰りの新幹線の時間も気になったので、ここからはバスで降りることにした。ちょうど良い時間のバスがあったので、これで行っちゃえと乗り込む。行き当たりばったりの旅の良さ・・かな。


たこ焼き
神戸たこ焼き

下に降りると、最後にたこ焼きを食べようと盛り上がった。関東ではなかなか味わえないたこ焼きとは、スープの中にたこ焼きが浮いていると言う、神戸たこ焼き。小さなお店をのぞいたけれど、神戸たこ焼きのメニューがない!さて、どうしようかと思ったら『スープたこ焼き』というのがあったので、それを頼んだ。やってきたのは、小さな丼にたこ焼き、だし汁、そして青味がふりかけられている。これだ、これ。お味は・・・あまり覚えていない。こういうものかと思ったけれど、絶品美味というほどには感じなかった気がする。いつかもう一回食べてみるかな・・・。


帰りの新幹線
面白かった

壺プリン
壺プリン

新神戸の雑踏の中を時間潰しにふらふら歩き、自分たちへのお土産を買う。何気なく買った『壺プリン』が絶品だった。途中で大好きな『赤福』も手に入れ、ほくほく顔で我が家に帰り着いた。


加藤文太郎がその『単独行について』という短文の中で、こんなことを書いている。

「ただ、好きだから登るのであり、内心の制しきれぬ要求に駆られて登るのであるというだけで良いのだろうか。〜略〜。我々は山へ登ることは良いと信じて登らなければならない」。

彼は、酒呑みの酒や、喫煙者の煙草と同じく山を扱いたくないと言っている。

止むに止まれず、仕方なく、時には悪いと知りながら・・・行うものと、自然に分け入る登山というものを明確に分けているのだ。

登山家と言うにはあまりに大きな差がある私ではあるが、ただただ大好きだから・・・自然の中を目指すだけではない、文太郎に与したい心意気もどこかにある。



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