94 信仰の山・・・御嶽山 3067m(長野県)   

2005年9月18日(日曜日)

photo・御嶽山山頂
御嶽山 3067m


卒寿を過ぎた今では、足が痛いと、庭にも出なくなった母だが、山の風景や花が好きだから近くにある信仰の山、八海山には何度か登ったこともあるという。物見遊山の登山などはできない時代だったけれど、先達に案内されての信仰登山は農家の嫁にも可能だったそうだ。

暮れに実家を訪ねた折りに昔の登山の話が弾んだ。母が言う、御嶽山にも登りたかったけれど、ご縁がなかった。続けて、まだ記憶に新しい2014年の噴火のことを思い出して、信仰の山なのに、お山はどうしてたくさんの人の命を奪うような爆発をするんだろう・・・と呟く。

自然の恐ろしさとはそういうものなのだろう。私たちは普段忘れているだけなのだ。浅間山や桜島のように、いつも噴煙をあげていたり、時々揺れていたりすると、私たちも畏怖の念を持ち続ける。御嶽は普段あまりにも静かだから・・・。


photo・御嶽山広域地図

私と夫が御嶽山に登ったのはもう15年も前の話。私は信仰登山に興味はない。

山が生活の場の延長で、娯楽とは無縁だった頃、厳しい自然の中で心身を鍛える場としての登山があった。日本全国にそのような信仰を集める、あるいは修験の場としての山がたくさんある。高い山でも低い山でも。その歴史には気持ちが惹かれることもあるが、修行のために講を組んで山に入りたいと思った事はない。けれど、標高3067mの御嶽山は、信仰心とは無縁の私や夫にとっても魅力的だ。


その頃、仕事は忙しかったが、多忙はそのまま行動の抑制にはならない。むしろ、日常を離れた旅への期待がふくらみ、勢いがつく。9月の三連休、私たちはいつもの登山靴を持って出発した。中央道から長野道を走ったことは何回かあるが、西へ向かうことは少ない。塩尻インターを降りて、国道19号線を南西にひた走り、山の奥へ分け入った。

photo・日の出
日の出

木曽路・・・響きだけでどこか木の香りがしてくるようだ。車は山道をぐんぐん登り、御嶽湖のほとりを走ってからさらにひたすら登って、ようやくペンションに着く。今日はこの御嶽山の広い懐の一角に泊まる。


山の中に入ると車が少なくなることが多いのだが、御嶽湖の辺りではたくさんの車に出会った。背中に自転車を積んで走っている車が多い。2台の自転車を並べて積んでいる車もあった。宿で聞いたら、明日自転車レースが行われるとのこと。たくさんの人が参加する、なかなか賑やかなレースらしい。広い山道を自転車で走るのは気持ちが良いだろうなぁと呟くと、登ったり降りたり、山道を自転車で走るのはハードだよと夫。確かに、思わずうなずいた。

photo・御嶽山地図


山道の脇に立つペンションは周囲に何もないので、見晴らしが良い。翌朝はご来光を仰ぐことができた。6時半にはペンションを出る。田の原の駐車場に車を停めて、7時前に歩き始める。駐車場から少し先の鳥居をくぐると、小広い道がお山に続いている。

信仰の山と言われるだけに、立派な石の鳥居だ。無事に登ってこられますようにと、お参りをする。ふと見ると、大きな円形のオブジェ?なんとこれは巨大な五円玉だった。

photo・巨大な五円
巨大な五円(ご縁)

ちょっと横道にそれるが、五円玉は「ご縁」がありますようにと言葉合わせの意味もあってか、お賽銭によく使われる。海外では穴の開いたコインが珍しいそうで、お土産に持っていくと喜ばれると聞いたこともある。

ところがここにある巨大五円玉は穴の開いていない方のデザインだった。今ではほとんど見ない、国会議事堂のデザインだ。


photo・遠く山並みが見える
遠く山並みが見える

お参りを済ませると、私たちは登りに向かった。信仰心がないと言うけれど、それは特定の宗教に凝らないというほどの無信心、大いなる自然の営みに対する畏怖や崇拝のような心持ちはある。昔の人が言った八百万の神を敬うほどの心がけはあるようだ。


photo・秋の花

photo・秋の花

さて、森の中の道を緩やかに登っていくと、森林限界を越える。一人孤立の山らしく、遠くの山並みが雲をたなびかせて美しい。ハイマツの緑が広がる岩の影に秋の花がちらほらと見える。9月の半ばは町ではまだ残暑が厳しいが、ここでは花はもう少なく、実をつけているものが多い。厳しい冬に備えているのだろう。コケモモの実が広く一面に輝いている。

歩き始めてから1時間ほど、森林限界を抜けると八合目。金剛童子像が立っている。昔、女性はここまでしか登れなかった。黒沢口登山道には女人堂が残っているそうだが、こちらには石室があるだけ。

草付きの急斜面は左に沢筋のような窪みが寄り添い、秋の気配をにじませた緑色が雲の上に流れるように続いて気持ちが良い。


時々立ち止まってゆっくり空気を吸い込み、また歩く。なんだかゆっくり歩かなければもったいないような気がする。しかし、登るほどに周囲は荒涼とした岩山の雰囲気になってくる。

photo・気持ち良い斜面
気持ち良い斜面

photo・八合目の石室
八合目の石室

湧き上がる雲を下に見ながら、さらに1時間ほど登ると、王滝頂上に着いた。

岩だらけの王滝からは目の前に御嶽山の頂が見える。どこまでも灰色の岩石の塊だ。一本の道が岩の中に続いている。道の脇には大きな仏像らしきものが供えてある。とても大きいものもあって、いったいどのようにしてこれを担ぎ上げたのだろうかと感心する。

photo・王滝頂上を見る
王滝頂上を見る

ただ、山の自然の中に静かに身を置きたい私には、この大きな人工物がどこかおどろおどろしく感じられる。作った人、祈りを込めた人、この山奥まで担ぎ上げた人、たくさんの人たちの想いがこれらの像の中にじっと潜んでいるような気がして、胸がいっぱいになってしまう。

photo・王滝頂上
王滝頂上

photo・最後の登り
最後の登り

それでも、明るい秋の空に救われて、たくさんの登山者と共に一歩一歩頂を目指す。

頂にはたくさんの仏像が祀られていた。石の像もある、青銅だろうか、金属の像もある・・・祀られた像の一つ一つに込められた意味はわからないが、まとまってあればそこが御嶽の山頂宮とわかる。

photo・道々や山頂の像
道々や山頂の像

私たちは、像の前で手を合わせ、「無事にここまで登ってきました」と報告してから山頂を散策した。9月半ば、気候の良い連休だからか、山頂は登山者で賑わっていた。

驚いたのは大きな長い鉄の柱のようなものが斜めに伸びている。これがアンテナだとは思えない。確かに3千メートルの独立峰、電波はどこまでも飛ぶだろうな。私は夫に教えられるまでアンテナとはわからなかった。

photo・二ノ池
二ノ池

photo・雲湧く 山頂より
雲湧く 山頂より

足元にはコバルトブルーの湖が見える。二ノ池だ。吸い込まれるような深い翠色。ほとりには小さく山小屋が見える。この高山湖の標高は日本で最も高く、2905mだそう。ポカポカと暖かい日差しの中でのんびりと時を過ごす。時々雲が大きく湧き上がるが、その隙間から360度の展望が広がっている。このどっしりとした山は独立して、しかし連峰をなしている。お鉢巡りをするのも楽しいだろうと、眼福を楽しむ。

photo・山頂を振り返る
山頂を振り返る

小一時間も山頂を楽しんで、ついに降ることにする。おどろおどろしい人工物は好まないが、どっかりとどでかい自然は、その中に佇むだけで至福の時を過ごすことができる。

ゆっくり周囲を見回して、来た道を戻る。王滝頂上で、もう一度名残を惜しんで、一気に降る。九合目、一口水、来た道をたどる。八合目を過ぎると再び森の中。「あかっぱげ」という標識がある場所に来る。名前の通り、赤土のザレ場が、森の中に痛々しい。

photo・あかっぱげ
あかっぱげ

photo・白装束の人が歩いていた道
白装束の人が歩いていた道

photo・バスも走っていた
バスも走っていた

登山口の鳥居が近くなった。道は平坦になり、あと少しで駐車場に着く。そこを白装束の一団がひょこひょこ歩いている。なぜひょこひょこ?と見ると、彼らは素足で歩いているのだ。土の山道ならまだしも、砂利のあるこの道を素足では痛いだろう。お金がなくて草鞋が買えないわけではなく、これは修行のようだ。私にはわからない世界。一団とすれ違って、私たちは駐車場に向かった。午後1時過ぎ、駐車場に帰着。ここまではバスも来る。夫はバスのデザインが面白いと写真を撮りにいく。私は、この辺りの名物はないかとお土産探し。

photo・王滝村のお土産
王滝村のお土産


帰路は山梨から御坂トンネルを越えて東富士五湖道路を通って神奈川に入る。懐には優しい味の、森のお土産を抱えて・・・。

2019.12 記



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