50-1 春の湿原その1(長野県・新潟県)
   2018年4月下旬


湿原、水辺、川のほとり・・・大地と水が仲良くなっているような風景に心惹かれるのはなぜだろう。はっきり言って夏の湿原なんて、場所によってはただ暑くて背の高い草に覆われている草ッパラじゃないか・・・などと言ってみるが、その草ッパラに妙に心ときめくのだ。

私は信濃川の岸で子ども時代を過ごした。農家の2階屋の瓦屋根のてっぺんに登ると(子どもの頃はよくこっそり登っていたものだ)、目の下に信濃川の川面が光り、川向こうには山々が迫っていた。けれど、生活空間は広い田んぼのまっただ中だったから、言ってみれば湿地に囲まれて暮らしていたみたいなものかもしれない。どこを歩いても小さな疎水が流れ、田には水がたたえられ、ヒルに喰われながら田仕事の手伝いをした。

むれ水芭蕉苑 2018.4.21


春になって花の便りが聞こえ始めると、湿原の花を見に行きたくなる。今年の春は花の便りが早く届いたので、4月にはいくつかの湿原を訪ねてみた。

我が家から日帰りで行ってくることができる湿原はたくさんある。最近名の知られ始めた『むれ水芭蕉苑』や『ニリンソウ園』、ずっと前から人々を魅了してきた『大谷地湿原』『沼の原湿原』『落倉自然園』『姫川源流』・・・。あるいは人が集って生活の場となり、また再び静かな湿原の姿を取り戻している『親海湿原』『居谷里湿原』、そして登山者の目を楽しませてきた『種池』『古池湿原』・・・。湿原を歩き、その脇の山にも登った時のこと(※)は別稿に書いた。今回はいくつかの湿原を歩いた時のことを書いてみる。(※ドウカク山814m、親海湿原、姫川源流

むれ水芭蕉苑 2018.4.21


一昨年だったろうか、夫が「近くにミズバショウの群生地があるらしいよ」と言うので、初めて出かけたのが『むれ水芭蕉苑』。我が家から車で20分も走れば入り口の駐車場に着く。駐車場には車がほとんど無く、木道を歩いていて聞こえるのは、水の流れる音と鳥の声ばかりだった。

リュウキンカ

静かな楽園という雰囲気が嬉しくて、その年はミズバショウが顔を出し始め、リュウキンカが黄金色に輝く4月下旬から、ニリンソウが一面に開く5月中旬まで数回訪れた。近いので、朝一番に行って、昼前に帰って来ることができる。朝早いと、長野市が晴れていても、山の上は前が見えないほどの霧に覆われる時もあり、その幻想的な風景も楽しめるのだった。

ニリンソウ

近いと言うことと、あまり人がいない落ちついた空間がとても良い雰囲気なので、関東に住む友人を誘った。そして昨年春、やってきた友人を伴って出かけたが、その友人の住む県の観光バスが停まっていて、ビックリした。「人のいない静かな湿原だよ」と誘ったのに、これでは話が違う。幸い、バスの客たちは散策を終えて帰るところだったようで、森の中は静かだったからよかったが・・・。

成長したミズバショウ

北信の観光案内パンフレットなどにも載るようになって、その存在が知られてきたのだろうか、今年も県外No.の車が何台も停まっていた。

冬には何回も通った飯綱高原にあるスキー場の脇に雪解け水が流れ、その流れの中にミズバショウが咲いている。今年は4月21日に行ってみたが、もう葉が育っているものが多かった。それでもまだ初々しい純白の苞を広げたばかりのものも沢山見られた。リュウキンカの黄色も鮮やかに光を反射している。ニリンソウが少しずつ蕾にピンクをのせ、開く準備をしている。

初々しいミズバショウ

木道を歩いていると、水の表面が油を浮かせたように光っているところが多い。「山の清流に油が浮くというのは考えにくいし、なんだろう」と話していたが、最近夫が調べた。これは鉄バクテリアというものらしい。難しい言葉で化学合成栄養細菌なのだそうだ。世界中の大規模な鉄の酸化鉱物の鉄鉱床は、鉄バクテリアの活動によって作られたものが多いそうだ。気の遠くなるような時間がかかっていることだろう。


鉄バクテリア

むれ水芭蕉苑からの水流がリゾートラインの下流に広がる湿原には『ニリンソウ園』と看板が出ている。途中からは木道の整備がされていないが、一面のニリンソウが森を白く染める様子は素晴らしい。しかし、奥の方はヨシが茂り始め、乾いてきていることを感じる。


ニリンソウ園 2018.4

そのまま帰るのがもったいないなくて「大谷地の方まで行ってみようか」と、夫。飯綱東山麓から戸隠に向かうリゾートラインは、行けども、行けども豊かな森の中を走る気持ちのよい道、春先には道路脇のいたるところにチラチラとミズバショウが見える。豊かな水をたたえる大座法師池を過ぎるとすぐ右側に開けてくるのが『大谷地(おおやち)湿原』。これまでに何回も訪れているが、今年の様子はどうだろう。

飯綱高原に広がる大谷地湿原だが、ヨシが茂るようになり、乾燥化が進んでいると思う。初めて訪ねたのは20年も前のことだから、人間の目にも少しは変化が分かるほどの時間を見てきたことになる。

飯縄山を背景に大谷地湿原

目の前に大きな飯縄山がそびえる湿原は、沢山の人に愛されてきたことがうなずける雄大な風景だ。初めて訪れた当時は、リュウキンカが一面に咲いていたが、最近はいつ来ても木道の脇や湿原の渕に近い辺りに広がっているだけだ。戸隠古道の森に近い、水の流れがあるところには水芭蕉も咲いているのだが、それとても、ずいぶん少なくなった印象だ。

大谷地湿原の水芭蕉

アメリカの友人を伴ってきた時には、湿原の渕にそびえる大木のコブシが満開だった。見上げた友人が「お〜さくら!」と叫んだのが忘れられない。もう16年も前のことだが、このキタコブシは今も満開になるとみごとだ。さくらが大好きな友人だが、一面真っ白に咲いたコブシが桜に見えたらしい。まだ雪の残る戸隠奥社まで一緒に歩いたことが昨日のように思い出される。

沼の原湿原 2018.4.26


さて、今年の春の目標はシラネアオイに会うことだが、山が雪に覆われている間はまだ咲かない。それまでは大好きな湿原歩きをして、ネコノメソウやアズマイチゲ、エンレイソウなどの妖精達に会ってこよう。

雪が残る湿原


斑尾高原の北側に広がる沼の原湿原に出かけたのは4月26日。昨年もこの季節に出かけたが、まだ雪に覆われていて、湿原まで行けなかった(※)。道路が1メートルもの雪で塞がれていて、当然通行止め、それで歩いて行こうと思ったのだけれど、雪原歩きを楽しむうちに時間もなくなって帰ってきたのだった。(※斑尾山のふところ

一面のリュウキンカ

今年の方が日にちは早いのだが、ミズバショウとリュウキンカが流れに添って開き、青く晴れ上がった空と、花の白と黄色、美しい風景が広がっていた。ちょうど、地域の人たちが立て札などの手入れに訪れていて、あいさつしながら何度もすれ違った。周囲の山肌にはまだ雪が残っているけれど、水の瀬音も鳥の鳴き声も春そのものだ。

ていねいに敷かれた木道を奥の方まで歩いて行く。ロングコースと書かれているこの道は、まっすぐ行けば万坂峠に続く道。湿原を離れて少し傾斜を登るが、分岐点で峠への道と分かれて再び湿原の渕を引き返す。

ウグイス

森と湿原の間の歩きやすい道をしばらく歩いて再び木道の敷かれた湿原の中に入って行く。ウグイスがすぐ近くの枝で鳴いている。なかなか姿を見つけられないウグイスだが、まだ葉が茂る前の森だったので、見ることができた。目の前の枝でしばらくさえずっていた。

原生花園へ向かって 8.5


沼の原湿原は以前『斑尾高原原生花園』と呼ばれていたことがあり、小学生の娘と二人で訪ねたことがある。その後名前が変わったのかと思ったが、もともと沼の原と呼ばれていたところらしい。もとの名前に戻ったと言うことか・・・。

娘と訪れたのは夏の真っ盛り、暑い日差しの中を斑尾ペンション村からてくてく歩いた。今も高原の道を通ると、娘と泊まったペンションの看板を見ることができ、懐かしい。舗装された道を歩いていると、オニヤンマがス〜イスイ顔の横を飛んで行く。麦わら帽子をかぶった娘が『おっきい!』と、喜んでいたのを思い出す。湿原は背の高い緑に覆われ、ミズバショウの葉も化け物のように伸びて、娘と背比べができそうだった。

オバケ(落倉自然塩にて 2018.5)

流れに揺れる水芭蕉

水芭蕉には申し訳ないが、私と夫は成長した水芭蕉の葉を『オバケ水芭蕉』と密かに呼んでいる。「ああ、もうずいぶんオバケさんになっているね」「オバケ水芭蕉になっちゃたね」と言う具合だ。春のお化けはまだかわいいが、夏になるとツヤもなくなりみじめだ。けれど、大きくなってその存在をアピールしているので、私にはなぜか憎めない。親しみを込めて『オバケさん』と呼ぶのだ。

ボタンネコノメソウ?


沼の原の中央を流れる水の中にも沢山のミズバショウが揺れている。積雪量が多いことを証明するように豊かな水の流れが幾筋も走り、アズマイチゲやエンゴサク、そしてボタンネコノメソウだろうか、小さな花々が水辺を彩っている。

巨大椎茸とアヒージョ


豊かな気持ちをもらって帰り道、豊田の道の駅に寄ってみた。とても大きな原木椎茸を見つけたので、夕食は巨大椎茸のアヒージョにした。椎茸はもちろん、お伴の赤ワインがおいしい夕食だった。



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