46 斎場山(さいじょうさん) 513m、天城山(てしろやま) 694m、鞍骨山(くらぼねやま) 798m(長野県)
   2018年4月4日(水曜日)


我が家からは比較的近い松代の奥に、バイモが群生する山があると知ったのは昨年末。4月の半ばに満開になるというから、来年は行ってみようと話していた。

暮れに体調を崩し、何となくぐずぐずしていたこの冬は寒さが厳しく、あちこちで大雪のニュースも聞いた。ところが、3月になると春を飛び越してしまったように一気に暖かくなった。セツブンソウ、カタクリそしてアンズも例年より10日ほど早く見頃を迎えている。「バイモも早いかもしれないよ。行ってみようか」と、夫。


妻女山の駐車場

松代まで行き国道403号を南下、上信越自動車道の下をくぐってから山道を登る。桜の大木がみごとに空を覆っている中を妻女山(411m)の駐車場まで登る。平日だからか、車は我が家の1台だけ。妻女山の展望台は今まさに満開の桜。

靴を履き替えて歩き始める。標識が出ているが、登山道ではなく林道だ。舗装してないので、轍のあとが大きく窪んでいる。車では走りたくないが、歩くには面白い。林道の両脇は緩やかな傾斜地が広がり、林の木々もまばらなので明るい雰囲気だ。しばらく歩くと天城(てしろ)山への道を左に分ける。私たちは<斎場山→>の案内に従って直進する。わずかに登るとこんもりした斎場山513mの山頂へ着く。第4次川中島合戦で上杉謙信が本陣としたと伝わるそうだ。山頂が円形にこんもりしているのは円墳(斎場山古墳)だそうで、なるほどと思う。山頂は木々に囲まれているが、まだ葉が茂っていないので、北側に開ける善光寺平が霞んで見えている。


斎場山(斎場山古墳)山頂

さて、さらに林道を進むとササが茂る開けた大地に出た。その向こうは下り坂になっている。ここまで来てようやく地図を見る。このまま進むと薬師山を越えて千曲市方面に降りてしまう。私たちは引き返し、さっき分かれた天城山方面への林道を進んだ。天城山方面へは大きな看板があり「杏の里ハイキングコース」と書いてある。千曲市杏の里は今が満開だが、ここから歩いて行ったら遠いだろうねと、話しながら歩く。

しばらく歩くと堂平大塚古墳への分かれ道、立派な標識があった。歴史好きな人たちにとっては魅力的な地域だろうと思われるが、私たちはまっすぐ先へ進む。目の高さには赤い小さな羽子板の羽のような花がポチポチと見える。これはウグイスカグラという木らしい。

ウグイスカグラ

足元にはわずかにタチツボスミレが咲いているが、まだまだ芽吹いたばかりの葉も多い。ボコボコした林道をさらに進むと、ようやく山道に出会った。あまり狭くないゆるやかな稜線を行く。落ち葉が積もった道はまだまだ冬のなごり。目を上げてダンコウバイの黄金色の花の塊が散らばっている枝の広がりを見ると、春の訪れを感じることができる。キブシも花穂を揺らしている。

ダンコウバイ

この辺りまで来て、「あれ、バイモが咲くところはどこ」。もう一度地図を見ると、通り過ぎてきた古墳への分かれ道より手前になるようだ。「帰りに見ようか」と言う夫にうなずき、まずは山頂に立つことにした。

坂山古墳の石室のあと

なだらかな稜線の道、霞んでいるが空はどこまでも青い。気持ちよく歩いて行くと登山道の標識が左に巻くような分かれ道に出た。天城山の山頂を巻く道らしいが、ここはやはり山頂を目指す。急な道を一気に登ると丸い山頂に着く。ここも古墳(坂山古墳)で、石室のあとらしい窪みが見られる。石を積んで入り口が作ってある。このような山の上の石積みなどを見ると、重機も無かった昔の人々の知恵や工夫の深さに敬意を感じる。そして同時にその時代の庶民の苦しさも感じてしまうのは私だけだろうか。権力を行使する者の下には沢山の労働者としての民がいたのだろう。

太い蔓


私たちは天城山を降りて、先の鞍骨(くらぼね)山を目指す。さっき分かれた巻道と合流、少し行くと二本松峠の標識。南に倉科、北に清野への山道と交わる。道々大きな看板があった「杏の里ハイキングコース」とはここでお別れ。ハイキングコースは倉科へと下って行く。

私たちはまっすぐ進む。森には太い蔓植物が沢山見える。巻き付かれてねじれるようになっている木や、枯れて落ちている渦巻き状の蔓などが個性的だ。

ヤマトリカブトの群落とカタクリの花

しばらく行くと、道の端に大きな緑の株が目立つ。あれ、ニリンソウかな?でも、葉の切れ込みがやけに深いかな。などと周りを見回すと広く緑の群落、これはヤマトリカブトだ。花の季節には紫がきれいだろう。今は緑の中にカタクリのきれいなピンクが点々と見える。


天空の山城

きれいな三角の頂が次第に近づいてくる。目指す鞍骨山も城跡。三角に見える本郭は何段かに積み上げられた要塞で、石垣も見える。山頂へは右手南面を巻くように登って行くが、急斜面に足の幅ほどの落ち葉に埋もれた道が続いている。手がかりにできるような木もほとんど無いから一歩一歩ていねいに登って行く。ほとんど半周して反対側の石垣からひょっこり山頂に飛び出すと「天空の山城鞍骨城跡」の看板が迎えてくれる。丸い山頂からはあまり見晴らしはよくないが、北に蛇行する千曲川と善光寺平方面が見える。木々に葉が茂る前のご褒美だろうか。北側の小高いところでご褒美の展望を楽しみながらおにぎりを食べる。今日は誰にも会わない。

鞍骨山798m山頂

昼食を済ますと、来た道を戻る。急斜面は下りが怖い。幸い乾燥しているので滑りにくいが、積もった落ち葉は油断できない。私たちはゆっくり足元を確認しながら下った。

天城山を巻く道も歩いてみようと進んだが、これはまた踏み跡も少ない歩きにくい道だった。さて、いよいよバイモの群落を探す。堂平大塚古墳への分岐点から右方面を見ると、緩やかな高台に緑の叢が見えている。ワクワクしながら少し進み、分かれ道を見つける。先方に緑の叢を見ながらわずかに登ると、緑の塊には小さな釣り鐘のような花が沢山咲いているのが見えてくる。林の奥には緑の広がり。満開にはわずかに早く、まだ小さな蕾が沢山風に揺れている。そっと中をのぞくと面白い編み模様が見える。バイモの別名が編笠百合だというのがうなずける。

バイモの群落

ここは陣馬平といって、上杉謙信が斎場山の次に本陣を構えたというところ。昔、薬草畑だった名残のバイモ群落だと言うが、ヤブになって絶滅しかかっていたのを復活させたそうだ。林の中に広がるクリーム色の釣り鐘が一斉に風に揺れる様は幻想的だ。

太い木の根元に20㎝はあろうかというトカゲが2匹追いかけっこをしていて、なんだか微笑ましい。いつまでもいたいが、そろそろ帰ろうかと立ち上がる。「あれ?」と夫の大きな声。「僕たち、いまどこにいる?」と、変なことを聞く。「ワープしちゃった?」

ここはどこ?

指差す先には山火事注意の看板、そして、そこには『神奈川県』の文字が!私たちは首を傾げながら帰路に着いた。


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