21 霧訪山(きりとうやま) 1305m(長野県)
       2001年5月26日(土曜日)

地図・霧訪山


なぜ、突然古い山行を思い出したのだろう。

それまでの私は高い山、有名な山、珍しい花がそこだけに咲くという山・・・に気持ちが向かっていた。著名な『日本百名山(深田久弥:著)』や、『花の百名山(田中澄江:著)』に載っている山にも多く登った。他人が決めた100の山をすべて登ろうと思っていた訳ではないが、深田さんや、田中さんが選んだ山はどれも一度は登ってみたい山ではあった。

日々の仕事は忙しいけれど、遠くの山へ、高い山へと向かっていた。けれど、毎日朝早くから帰りも遅くまで、私たちの仕事には終わりがなかった。日々発見があり、発見があればそこに新しいやること(やらなければならないこと)が見えてくる。その連続の中で『自転車操業』だねと自嘲しながらも夢中で日を過ごしていた。


遠くの山に行くにはまとまった休みがなければいけないので、週末には当時住んでいた三浦半島の山々や、家から半日でも行って来られる県内の低山を歩いてみたりしていた。歩けば一面のシャガやニリンソウの群落に出会える。チゴユリもうつむきながら森の裾を飾る。ウラシマソウも群落になって咲くのは太平洋岸の山ならではだろう。キブシ、オオシマザクラ、ヤブツバキの花もみごとだ。

今思えばよく歩いていたと思うが、どこかに不満足感が残っていたのだろう。その頃の私は、ぶつぶつ呟いていたのだと思う。「山に咲く花を見に行きたいな」「町の周りでは見られない花を見に行きたいな」・・・と。


そんな時に夫が「頂上にオキナグサが群生しているらしいよ。行ってこようか」と言った。たまたま何かの記事で見たのか、探してくれたのか、初めて聞く名前の山に気持ちが膨らんだことを覚えている。夫は全く覚えていないと言っているが、花の咲く山をキーワードにして見つけたのだと思う。当時はインターネットで検索することもなかったから、さてどこで見つけたのだろう。

私たちは聞いたことのない山に、ちょっぴり弾んだ気分で出かけることにした。


霧訪山(きりとうやま)は、長野県の中部、塩尻市に位置する。標高が1305mあるが、山国の長野にあっては知る人も少ない里山の位置づけになるようだ。

土曜の朝家を出て国道16号を進み、八王子バイパスから中央高速道に入る。岡谷ICで高速を下り、小野神社を目指す。ガイドブックもないので、地図を頼りに行った。


写真・麦畑
麦畑の中で

ずいぶん時が経っているが、山道に入る前に歩いた麦畑の道は今でも鮮やかに思い出すことができる。濃い緑と、若竹色と、黄色が風にかすかに揺れて、えも言われぬ緑の海だった。


写真・登山口
登山口

登山道に近づくとびっくりしたことに、木と木をつなぐりっぱな横断幕が掲げられている。『歓迎名峰霧訪山登山口』と書いてある。なんだかおかしいが、地元の人たちに愛されている山なのだと感心した。


山道を歩き始めると、道沿いの木には名札がつけられ、道は歩きやすく整備されている。後で分かったことだが、霧訪山は地元の小学生が遠足で登る山と言う。稜線の左側は松茸の収穫地になっているようで、立ち入り禁止の看板がありちょっと興をそがれるが、今を盛りの若芽のそよぎが気持ち良く、一気に歩を進める。


写真・オトシブミ
オトシブミ

イチヤクソウはまだ蕾だったが、チゴユリ、ヒメイズイ、アマドコロなどが白く可憐な花をつけている。道の脇にはヤマツツジの濃い赤。頭上にはアオダモやコバノガマズミの白い花穂、アカヤシオ、シロヤシオなどの花もまだ見られ、賑やかだ。

足元に目を落とすと、きれいに巻いたオトシブミがたくさん落ちている。オトシブミを見つけるといつも感心してしまう。小さな昆虫がどうやってこんなにきれいに葉を丸めるのだろう。一度やってみるといい、小さくきれいな巻き文の形にするのは意外と難しいのだ。もちろん、私はやってみたことがある。結果はナイショ。


辺りの景色を楽しみながら登っていると、上から下りてきた大工道具を持ったおじさんたちとすれ違った。地元の人だろうか、なんだか楽しそうに話している。

写真・真新しいベンチ
真新しいベンチ

「何か作ってきたんだね」「山の中で何を作ったのだろうね」と話しながら歩いていたら、真新しい木の香りがするようなベンチがあった。できたての白いベンチだ。「これだ」「さっきのおじさんたちが作っていったんだね」と言いながら、気持ちよいベンチに座ってみた。気がつくと、ベンチの板に『2001年5月26日登山記念』と書き込んであった。「え〜っ、登山記念にベンチ製作なの?」と、またまたびっくり。

びっくりすることが多いなぁ。


びっくりと言えば、大きな木の脇に『御嶽大権現』と書かれた石碑が建っていた。そこには立派な『御嶽山』と書いた木の柱が立っていて、なんだろうと思った。柱の説明書きを読むと、御嶽信仰の人たちが建てた石碑なのだそうだ。1811年建立で、祭り事をしていたと言う。昔からたくさんの人が登ってきた山だということが分かる。


いずれにしても里の人たちに大切にされている山なのだろう。木々の緑もさわやかで、とても豊かな山の印象だ。

ゆっくり楽しみながら20分ほど歩くと『かっとり城址』に着く。

霧訪山は、戦国時代に武田信玄が『のろし台』に利用した山だそうだが、『かっとり城址』ものろしの中継点に使われた。信州の里山は、足元の盆地を見おろせる好地点にあるため、何処の山にも城跡などの歴史の足跡が残っているようだ。


城址からは1時間ほどで山頂に着く。山頂はポッコリとした丸い地面で、思ったより狭かった。けれど、360度の大展望。さすがにのろし台に利用された山だ。山頂には立派な石の方位盤が置かれ、北、中央、南アルプス、八ヶ岳、御嶽山と見渡せるらしい。そして近くの里山に囲まれた里の水田も見おろせるようだが、残念ながら湿った大気の中で、あまり見晴らしは良くなかった。

写真・山頂にて
山頂にて


頂上には小さな祠がある。これは麓の小野神社の境外社の一つ『会地(おうち)社』というらしい。境内の中にいくつか祀られている社はよく見るが、境外社という言葉を知らなかったので、これもびっくり。まぁ、このびっくりは自分の知識のなさを曝すだけのような気もするが・・・。小野神社には境外社がいくつかあるとのことだ。

写真・山頂の方位盤
山頂の方位盤


楽しみにしていたオキナグサはいくつかの株になって咲いていたが、群落というには寂しかった。花の時期には少し遅く、たくさんの翁の髪が風に揺られていた。その下に隠れるように最後の花がうつむいて咲いている。花びら(本当は萼)も柔らかい毛に覆われて、見ているだけでほこほこしてくるようだ。

写真・オキナグサ
オキナグサ

昔は一面にあったが、年々少なくなったそうだ。地元の小学生が遠足で登るとき苗を持って行って植えたそうだ。持って登る子も、持たせる親も、この山を大切に親しんできたのだろう。


山頂をあとに一気に下る。麓の矢彦・小野神社を訪ねる。この二つの隣り合った社はもともと一つだったらしい。豊臣秀吉によってまっぷたつにされたと書いてある。神社も境内も、そして村も二つに分かれたとのことだ。

写真・馮の森
馮(たのめ)の森

この広い社叢は、『憑(たのめ)の森』と呼ばれ、県の天然記念物に指定されている。18,800平方メートルもの広い森だが、ここは自然林なのだそう。

写真・巨木
巨木


歩くと中はうっそうとしていてほの暗い。足元には丈高く草が生い茂り、密集した森の木も太い物が多い。それでも梢の間から差す日の光の下に春の花も咲いている。紫のラショウモンカズラが美しい。この森には200種類も植物が自生しているという。

境内をめぐっていくと、太い杉が囲われている。夫婦杉というのもある。直径4メートルもあるらしい、ご神木だ。何本もの巨木、桂の大木などはうっそうとしてそこだけで神秘な感じがする。


最後に深い森の中を歩いて、私たちは小さな旅を終えた。土曜の夜だったので、諏訪まで足を伸ばし温泉を楽しんで帰ることにした。


(15年前の登山の資料によるので、現在の状況とは異なるかもしれません。 2016.12 記)



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