111 お花畑が続く平標山1983m、仙ノ倉山2026m(群馬県、新潟県)

2002年8月6日(火)2020.4 記 


弟と山を歩きながらおしゃべりをしていたら、山道でばったりクマに会った話をしてくれた。「突然だと何にもできないってことがわかったよ」と言う。「万一クマに会ったときはどうしたら良いか・・・と、いろいろ聞いているけれど、実際、突然目の前に出てきたら、ただ固まってしまう」と笑っていた。数メートル先の藪から現れたのがまだ子熊のようで、向こうもびっくりして藪の中に戻って行ったからよかったけど・・・とのこと。


このクマに会ったのが平標山、仙ノ倉山登山での山道だという。そう言えば、平標山と仙ノ倉を結ぶ広い稜線は、風食裸地の地形が広がる風の強い草原だったことを思い出した。


平標山の風食裸地

私たちはその頃、小泉武栄さんの『山歩きの自然学(山と渓谷社1998年刊)』を愛読していて、平標山と仙ノ倉山の鞍部に広がるという風食裸地を見たくなって、夏休みの旅を決めた。

初孫が生まれたのが夏休み直前、夏休みに入ってからは、私はできるだけ娘の家にいるようにしていた。安産ではあったが初めてのこと、少しでも助けになれればとの思いだった。娘の出産からちょうど1ヶ月、落ち着いている様子を見て、私も夏休みの楽しみに出かけることにした。

夫が娘の家に迎えにきてくれて、しばらく孫と遊んだ後、昼頃車で出発。関越自動車道を走り、その日は苗場の旧本陣に泊まった。

苗場の旧本陣ホテル

この旧本陣ホテルは私にとっては懐かしいところ。高校時代の友人の母の実家ということで、高校生の夏休みにのんびり滞在させてもらった思い出の宿なのだ。冬はスキー客で満員になるホテルも、夏はそれほど混まないため部屋にゆとりがあった。受験生の学習のためという名目でもあったようで、県内のいろいろな所から高校生が泊まりにきていて、それなりに賑わっていた。当時は旧本陣綿貫旅館という名前だったように記憶している。滞在していた一週間ほどの間、私は友人たちと近くの森を巡ったり、一人で沢や尾根道を歩き回ったりしたことを覚えている。


行くての稜線を見る

松手山についた

たまには食事付きの宿に泊まるのもいいだろうと、この懐かしいホテルに泊まり、贅沢をさせてもらった。御宿本陣と名前が変わっていたが、清流で取れた岩魚などをいただいてゆっくり休んだ。

さて翌日、平標山に向かって出発。ホテルを7時に出て、登山口へ向かう。歩き始めたのは7時35分。山の近くに泊まって出発できるのは何と優雅なことだろう。

お花畑

平標山といえばお花畑の美しいことでも有名な山、最初はかなりの急登だが、花畑を楽しみに足取りも軽く登り始める。見上げればこれから登る山のスカイラインが続いている。青々とした山並みに心が浮き立つようだ。

木々の緑を楽しみながらさらに急登をひと頑張りすると、松手山1614mの山頂に着く。ようやくここまできたぞ〜と、小休憩。


アザミ、シモツケソウ

ここからはいくらか緩やかな勾配になる。とは言っても崩れやすい岩ゴロの急坂もあるので注意しながら行くが、広い稜線に飛び出すと色とりどりのお花が咲いている。

そのあえかな色合いはどこまでも広がっていて、心の底から幸せに染められていくようだ。派手に主張することなく、さやさやと広がっている草原。

どこまでもお花畑

お花畑

こういうところに立つと、花の名前なんか知らなくてもいいとも思えるのだが、つい名前を呼びたくなってしまうのもまた正直な気持ちだ。

ツリガネニンジンは淡い紫色。シモツケソウ、ハクサンフウロはピンクに。ウツボグサは濃い紫で、キオンは名前の通り黄色に輝いている。フシグロセンノウは、麓の方に多かったけれど、鮮やかなオレンジ色で大輪だから目立つ花。白い花火のようなシラネニンジンに、有名なユリの形のニッコウキスゲ、エーデルワイスの仲間だとはあまり知られていないヤマハハコなどと、知っている花だけ名前を呼んで歩くうちに、石の陰から蛇も顔を出した。さてこの蛇さんは何だろう。シマヘビじゃないし、アオダイショウでもなさそうだ。もちろんマムシでもない。ジムグリだろうか、地味な茶色の蛇だ。

お花畑で

まだまだお花畑

見ているうちに蛇は岩の間に消えていった。


お花畑を楽しみながら緩やかな登りを楽しんでいたら、平標山山頂1983mに到着、11時半。途中で休憩したり、お花を眺めてのんびりしたり、標準タイムよりずいぶん時間をかけて登ってきた。でも、楽しむために山に登っているのだから、十分。夏休みというのに、ほとんど人にも会わないのがまた呑気で良い。

風食裸地の大草原

風食裸地

広々とした山頂でゆっくりお昼を食べて、今度は仙ノ倉山を目指す。いよいよ風食裸地のど真ん中を行く。風の通り道になっているために植物は大きく育たない。どこまでも広い草原、そして盛り上がったような草の山と、えぐれたような裸の土。誰かが一生懸命作ったような景色だ。私が言うと、「風が作ったんだよ」と夫、確かに。

小泉さんの本によると、標高2000メートル以下の山には珍しい現象だそうだ。しかも、この尾根は東西に伸びていて、日本アルプスなどの高山で見られる北西の季節風による風衝地とは異なっている。関東地方で梅雨の頃発生する、強い南風が猛烈な勢いで鞍部に吹き付けるそうだが、これが直接的な原因ではないかと書いてある。私たちが歩いた日は、それほど風が強くなかったけれど、小泉さんが訪ねた時は小石も飛んだそうだ。


草原を越えて尾根を辿り、仙ノ倉山に到着。この道をずっと歩き続ければ、岸壁で有名な谷川岳に至る。長い稜線だから、挑戦するには気力が必要だ。私たちも、明日は帰らなければならないから、ここまでとする。

二つの山頂(ピンボケ!)

仙ノ倉山2026mは、谷川連峰の最高峰となる。谷川岳に登って、ここまで縦走してくる若者も多いと聞く。とにかく見晴らしが良いので、飽きない。たっぷり山の中の気分を味わって、引き返すことにした。


一面の青空だったが、少し雲が湧いてきた。山のお天意は変化が激しい。どんなに晴れていても雨具が必携なのはそのためだ。

色とりどりの花

縦に仕切られた雲

私たちが再び平標山を目指して歩き始めたとき、前方に不思議な光景が現れた。二つの山の鞍部にあたるところに、まるでガラスの壁で区切ったかのように縦の線が浮き出している。右側は濃い雲、左側は遠くまで見通せる。気流の関係なのか、山の峰が雲を分ける姿は時々見るが、このときほど見事に分かれて動かない雲はあまり見ることがない。

南からの風が雲を押しているのだろうか・・・などと根拠のないことを話しながら、厚い雲に向かって歩いて行った。

下に山の家が見える

歩いてきた稜線


下りは平標山から平標山の家を目指して一気に降りていく。はるか下のほうに赤い屋根が見えている。道はていねいに階段が作られていて、滑り落ちる心配はないけれど、足には少し煩わしい。

振り返れば歩いてきた稜線が美しい。緑濃い夏山の息吹を全身に感じながら一歩一歩降りていく。

山の家についた時は、もうすぐ車に乗れるような気分だったが、それは甘かった。思い出すたびに口にするのは、この後の林道の長かったこと。山の家からさらに降りて、林道にたどり着く。ひと口に林道歩きと言っても、楽しかった思い出もあるのだが、ここはひたすら長く感じた。山頂の美しさとの対比だったかもしれない。

山の家に到着

1時間はかからなかったのだが、駐車場についた時は嬉しかった。


その日は、猿ヶ京のホテルに泊まり、温泉を楽しんで、この年の夏休みの優雅な旅は終わった。


翌日は帰るだけ。朝の時間をのんびり過ごし、ゆっくり出発した。関越道を走り、途中圏央道に回って、昼過ぎに娘の家に着く。孫と遊んで、夕方になる前に夫は一人で家に向かった。

(※古い写真をスキャナーで再生したので花もピンボケ、残念)



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